無二の友を想って描く手紙は、黄昏の白いコルベットに乗せて。

▲2005年に発行された切手の絵柄を缶の蓋にあしらった、amtと郵政公社コラボシリーズの最新作。この箱絵に秘められた真のストーリーはどこにも書かれていない。

 あなたは「VK AF」と署名の入った自動車の広告画を見たことがあるだろうか。
 アメリカンカープラモの全盛期とほぼ時を同じくする1959年から1971年までのあいだ、背景画家のVKことヴァン・カウフマンと、自動車画家のAFことアート・フィッツパトリックのふたりは、アメリカの国民的雑誌『ライフ』を主な舞台に、チームとしてポンティアックの傑作広告の数々を世に送り出した。
 今夜はそんなふたりの物語を、amtの特別なプラモデルとともに紹介しようと思う。

 ヴァン・カウフマンは魅力的な男だった。豊かな口ひげをたくわえ、つねにファッショナブルで、大きな瞳にいつでも笑みを浮かべたハンサムだったこともあるが、なにより彼は生来の社交家であった。
 その社交性は彼の画業にまずあらわれた。彼の描く人物たちはことごとく魅力的で、シーンの描写はすみずみにいたるまで洗練されていた。「この車を手に入れることで、この優雅な暮らしに手が届く」という、何もかもがすっかり即物的になり果てた現代ではもはや考えられないイメージ戦略を展開したゼネラル・モーターズ、ことに一時期社内で最低の地位に甘んじていたポンティアック・ディヴィジョンにとって、ヴァンの優雅な画才はなくてはならないものだった。

 ヴァンはもともとウォルト・ディズニー・スタジオ出身、一方アーティー(・フィッツパトリック)はといえば、もともと海軍でこつこつ絵を描くという「軍務」に服していた。ふたりは必然のように出逢ってチームを組み、「GMの広告を愛するのに、車好きである必要はない」といわれるほどの画業を山と築きあげるわけだが、彼らは会社からあらたな広告を求められるたび、一流の社交家であるヴァンがまず魔法のようにアイデアをまとめて華麗な社交の舞台を描き出し、一流の職人であるアーティーはその場に乗りつけるにふさわしい車──いうなれば夜会向きの端正なかぼちゃの馬車だけを描くことに専念した。

 写実的であることを少しも損なうことなく、だが実物よりもワイドに、快適な居住性を強調して描かれたアーティーの車は、ヴァンの描くきらびやかな世界の中心に嵌め込まれることで、夜会のための馬車のみならず、はるか異邦への旅の伴侶、活動的なレジャーの主役といったキャラクターをより明確に発揮した。
 かくしてポンティアックのイメージ戦略は大成功、車はそれぞれのシンデレラにせがまれた王子たちに売れに売れた。会社はふたりにたんまりと報酬をはずみ、彼らが「出張取材」と称して足しげく出かけた海外旅行の費用さえ気前よく負担した。ヴァンとアーティーはひとつのエンジン、天才と天才の止まらない2ストロークだった。

 1995年、ヴァン・カウフマンは虹の橋をわたった。
 以前はたった25マイルしか離れていなかったふたりの距離は、一夜にして越えたくとも越えられないものとなった。

 あらためて今回とり上げたプラモデルの箱絵を見てほしい。
 アーティー・フィッツパトリックがたったひとりで描いた孤独な絵である。2005年、合衆国郵政公社たっての依頼で、記念切手のために晩年のアーティーが描きおろした’53コルベット。刻は夕暮れ、ステアリングを握る男性はどこか物憂げで、心がここにないかのように見える。
 1953年式のコルベットには、このポロ・ホワイト以外にボディーカラーの選択肢がなかった。美しくスポーティーな白だが、他の色を選ぶことのできないときの白、そして黒は、同時に喪の色でもあった。

 夕暮れ、もうすぐ夜がやってくる。白いコルベットもやがて黒々とした宵闇につつまれて、男にあの別れの夜を思い出させる。男は夕焼けを見ているのだ。半世紀前とすこしも違わないはずなのに、何もかもすっかり変わってしまった今日の夕焼けをひとり苦々しく見つめているのだ。

 あの頃はヴァン・カウフマンがいた。

 夕暮れはいつだってパーティーのはじまり。黄昏をきまってわくわくする金色に描きたがった、あの陽気な魔法使いがいたのだ。

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1972年生まれ。元トライスタージャパン/オリオンモデルズ、旧ビーバーコーポレーション勤務を経て、今はアメリカンカープラモの深淵にどっぷり。毎週土曜22時から「バントウスペース」をホスト中。