

ノスタルジーには国境がある。
埼玉で生まれ育った者に、ニュージャージーで生まれ育った者の感じる「懐かしさ」は容易には理解できそうもない。ここではニュージャージー出身の彼をひとまずジムとするが、ジムは今日紹介するこのプラモデルを「懐かしい」と言う。
1970年代に流行したスタイルのオーヴァルトラック・モディファイドだという。アメリカには各地に星の数ほども独自規格のレースが存在し、それぞれに熱心なファンがいるが、これもまたストックカー・レースの中のモディファイド・ストックカー・レースから、さらに踏み込んで細分化されたオーヴァル・ショートトラック・ダートに特化したものだという。
>ホビーコレクティブ MPC 1/25 ラットトラップ ベガ


びっくりするようなカープラモだ。多くの人がクルマを認識するのに最も注目する「顔」がない。顔どころかAピラーより前がバッサリと切断されたボディー、ほぼ剥き出しのエンジンと前輪を支えるべく組まれたチューブラーフレーム、トレッドパターンの刻まれた幅広のオープンタイヤ。透明パーツはない。Rat Trap(ネズミ捕り)の名もむべなるかな。
「どうしてメーカーはこんなに切り刻まれたクルマまでプラモデルにしたんだろう」
「自分で切り刻んで組み上げるなんてできないからだよ」
ジムは明快だった。
プラモデルの愛好家は、改造・スクラッチビルドのハードルをすすんで越えようとはしない。キットを切り刻めばそれを再びまっとうな形にするまでがどれだけ骨かよくわかっている。メーカーから与えられたキットの組み立てを完遂すること自体とても大きな達成なのに!


「自分の知悉するレースのクルマを好きだと叫ぶ一方で、自分のまったく知らないレースのクルマをなんだそりゃと嗤うのは、結局は自分の好きなものに小便をひっかけているのと同じこと」、そんなことを教えてくれたのもまさに彼だったのだが、このラットトラップ・ベガってレーサーについてもっと知りたいなと彼に水を向けると、「そんなまどろっこしい『お勉強』より、お前の得意なハード・ウェザリングでマッド・マックスに出てきそうなやつをこれで作って見せてくれよ!模型うまいんだろ?」とまくしたてる。
そうだねジム、まったくだ。
言われて気づくのもかっこ悪いけれど、確かにこのキットは『マッド・マックス 怒りのデス・ロード』に登場する近未来の野蛮なクルマを再現するのに最適だし、あの映画を観た直後にギガホースやドゥーフ・ワゴンを作りたい!と吠えてみせたっきり、買ってきたベースキットに刃のひとつも入れていないことにまで思い到る。


改めて、ラットトラップ・ベガのパーツを見る。あちこちに打たれたリベットの無骨に気づく。陽気で気さくな導き手によって、目の前にありながらちっとも見えていなかった世界が拓けてくる。
このキットにニッパーを入れながら僕は、ジムにちゃんとありがとうと言ったかどうかも思い出せない。