
NHK「みんなのうた」から、聞き覚えのある歌声が流れてきた。ポルノグラフィティが歌う『マスク・ド・カメロ』だ。メキシコの国民的格闘技、ルチャリブレでベビーフェイスをいじめ抜く悪役レスラー「マスク・ド・カメロ」の誕生を歌った歌である。
「自分もあの頃、思い通りのベビーフェイスになれると思ってたんだ」
そんな過去の憧れを捨て、悪役として観客からブーイングを浴びてリングで暴れることを選んだ覆面レスラー。その歌詞は、同じく社会というリングのなかで役割を演じ続けるすべての大人たちが抱える、悲哀と覚悟を歌っているようだった。

「覆面の悪役か……」と、マスク・ド・カメロの歌を頭のなかでリフレインさせながら、30 MINUTES FANTASY(30MF)の「ローザンファイター」を引っ張り出す。
30MFの世界において、ローザン帝国の面々は、いわゆる物語の悪役ポジション。特にどこか凶暴さを秘めた力強い体躯の「ファイター」は、いかにも悪役レスラーを想起させる。

30MINUTESシリーズは30分で組み立てられることを売りにしたスナップフィットのキットの一つだ。骨組みとなる素体に、ひとつ、またひとつと装甲パーツを嵌め「ファイター」を形作って行く。そう、カメロが自分の意志でスカルマスクを被り、ヒールになることを選んだように。
仕上げに、ボディへドライブラシを施す。体躯に刻んだ銀色の擦れ痕は、これまで懸命に戦い抜いてきた証しだ。

完成したローザンファイターを眺める。ヒールのマスクを被りながらも、いまはどこか堂々として見える。
歌の終盤で投げかけられる「父さん、僕を見ているか?」というフレーズ。その問いかけはわたしに「自分の選んだこの場所で、今日も自分に胸を張れているか?」と問うているようにも聞こえた。

日々制服やスーツという「マスク」を付けて学校や職場といったリングに臨み、そこで求められる「役割」を演じるとき、わたしたちの心にもきっとマスク・ド・カメロがいるのだろう。机上に置いたローザンファイターを見つめながら、私はちょっとだけ背筋を伸ばす。明日もまた、カメロのように自分のリングで戦うために。