
複葉機の製作は、あと一息というところからが、驚くほどに長い。
本来、プラモデル製作とは完成というゴールへ向かって一気に駆け抜けたいものだと、私は思っている。とくに終盤、「あと少し、あと少し」と形が見えてくるにつれ、高揚感と集中力は自然と高まってくるものだし、その影響か作業の精度と速度も自ずと上がってくる。しかし、どうやらこれが、複葉機には通用しなそう。ぱっと見るだけでも、考えることや、やるべきことが幾重にもこんがらがっている。

上下の翼が重なり複葉機らしさが眼の前に現れる、棟上げ作業(=上の翼を乗せる段取り)にすぐにでも取り掛かれそうなのに足踏みを強いられるもどかしさは、複葉機特有のものだ。仮に早々に二階建てにしてしまえば、細部の塗装は塗り残しを余儀なくされる。さらに張り線を施す場合は、その通り道を考えることも不可欠だ。考えを巡らせるべき工程が積み重なる一方で、目の前には、あと少しで完成しそうな飛行機がある。このままならない感じが脳に程よい刺激を与えてくれるものだから、余計に話が進まない。
そこに「支柱の精度が甘ければ、上下の翼がまるで合わないのではないか」なんて不安が加わるともう、悩んでいること自体が最高の楽しみという状態になってしまう。数年ぶりに複葉機に対峙してわかるのは、とにかく少しずつやっていくということ。

「今日は張り線の通り道を検討する。今日は塗装に専念する」といった具合に細分化するのだ。そんなふうに時間を置いて進めるなかで、ふと気づかされることがある。複葉機には、現代の機体のような大量のデカールが存在しない。機構が単純であり、あるいは当時の安全意識がおおらかだった証だろうか。速度を落としたからこそ、そんな時代の空気にまで、ふと目が向くようになった。

SPAD 510の製作は、ようやく塗装まで漕ぎ着けた。日付を置いたおかげで支柱はがっちりと固定され、張り線を巡らせる見通しも整った。キットの各所にある、「ここに線を渡してくれ」と言わんばかりのガイドの凹み。今回はそこに釣り糸を通すため、説明書と照らし合わせながら、ひとつひとつ穴を開けていく。悩むことが楽しいという沼から抜け出して、進んでいくことが楽しいと思えている今、完成は間近だろう。