
なにはともあれ下の動画を見てほしい。単4電池2本で走行するだけでなく、V8エンジンのピストンが上下し、前進4速後進1速のトランスミッションがレバーひとつで作動し、ダブルウィッシュボーンで構成されたサスペンションが上下し、ハンドルを切ればタイヤが左右にステアリングするレトロなフォーミュラカーのプラスチックモデルでございます。それだけで「これ欲しい!買います!」となった人は下のリンクから購入を。もし「どういう内容なのよ」と思ったら続きを読みましょう。さあ、行きますよ。
エレキットといえば、理科教材的な組み立てキットをズビズバリリースしてきたブランドです。ただ組み立てるだけじゃなくて実際に動く機構を体感することで世の中の「しくみ」を知るためのモデルが多数ラインナップされておるわけですが、今回の「レトロフォーミュラ」は私のなかで本当に本当に傑作だったので皆さんに激オススメしたい。まず箱を開けた瞬間に飛び出すパーツの佇まいですよ。ブルーメタリックの外装と金銀のメカが収まる七枚のランナーに、軟質樹脂のタイヤ。見た目は完全に上質なプラモデル。そして教材として買い与えることを意識したお値打ち価格にブッたまげます。

組み立てにはニッパーとドライバーさえあればOK。パーツを丁寧に切って、所定の場所にハメ込むだけ。だから簡単、お手軽ですよオススメですよとは申しません。その「切ってハメるだけ」が恐ろしく緻密で愉快であるがゆえに、ニッパーを持つありとあらゆる人にとって感動的なのです。歯車、シャフト、クラッチ、デファレンシャル。どれも確実に作動する設計精度でしっかりと噛み合い、しかし組み立ての手ごたえがあまりにピーキーにならないよう徹底的に考え抜かれています。

透明のシリンダーブロックのなかで黄金のピストンがシャカシャカシャカ……って上下したり、プラスチック製のレバーでスチャスチャと変速機のギアが噛み合ったりするのが、眼の前で起こっていることなのに信じられないほどスムーズ。前世紀の電動ギミック入りプラモだったら「失敗も含めて楽しみ」みたいなところがあったんですけど、しかしこのキットは説明書さえちゃんと読めればピンセットにも頼らず、職人的な調整や接着技術を持ち出すこともなく、まず間違いなく動くんです。しかもだいぶ美しく……。

んでぶったまげるのが、キット全体233パーツのうち、「機構や構造の維持とは完全に無関係な、見た目だけのパーツ」は20個くらいしかないこと。それ以外はすべて、回ったり伸び縮みしたり支えたりと、自動車のエンジニアリングのモデル……すなわち「対象の構造や振る舞いを単純化することによって理解を助ける手段」を達成するための構成物になっているのです。

「左右の車輪が同じ速度で回転していると曲がるときに内側と外側で進む距離が違うからなんか調子よくないっしょ?」というところまではわかるけど、じゃあその速度差をどうやって吸収するんだよという命題を解決したデファレンシャルギアもちゃんと組み込んで実際に機能します。原理の説明をされても直感的には理解できいないかもしれませんが、組んで動かして「なるほど」があれば、それでいいんです。まずはデフギアという見た目に美しい機構があり、それが車軸の真ん中に鎮座するということに啓示を受けることが大事なのです。

この模型は動力系がモーター/トランスミッション/リアアクスルで完結しているので、実際にはエンジンがなくても走ります。しかしV8エンジンが動くところは人間誰しも見たいもの。トランスミッション前方に設けられたギアから強制的にクランクシャフトを回してシリンダーが上下する……という「見た目ギミック」ではあるものの、しかしこのクルマのデザインやコンセプトに直結する剥き出しの巨大なV8エンジンを組む工程は、パーツの色分けの手腕も相まって非常に美しく楽しいものがあります。

外装は目にも鮮やかなメタリックブルーで、タルボ・ラーゴやブガッティといった名門のクラシックなフォーミュラマシンをフワッと感じさせるのがまたニクい。プラスチックが冷え固まるときにできるビヨビヨした模様(ウエルドマーク)すらも美しく、可動機構に直接影響ない部分であればここを塗装することで「ただ組まされるだけの模型」を「自分だけのビルド」へと昇華させることもできましょう。っていうかシャーシやメカ部とのクリアランスやハメ合わせの位置さえ同じなら、まったく違うデザインのマシンも開発できるでしょうし、3Dプリンタの活用を前提に外装の基本的な設計データをオープンソースにするのもいいのではないでしょうかなどという老婆心も思わず出てきてしまいます。

大きさをお伝えするために1/24スケールのポルシェと並べて写真を1枚。もちろん実在するレーシングカーの模型ではないし、中に収まるメカの寸法ゆえにフォーミュラカーとしてはきわめてずんぐりむっくりなボディではあるのですが、それをわかったうえで模型的にビルドしたくなる、やる気にさせるルックを与えるというのはタダゴトじゃありません。

プラモデルのほとんどが実物の”カタチ”をスケールダウンしたものとして考えられているのとは違って、実物の”機能”をそのままパーツの形状にし、組み合わせていくうちに「自動車が意のままに操れるのはなぜか」という問いに答えるカタマリが出来上がり、いつのまにか(あたりまえなんだけど!)自動車のカタチになっていく。このキットはビスやオイルや高度な電子部品を使わず、純粋なプラスチックのハメ合わせだけでクルマのエンジニアリングの入口に立てるのです。

このキットはただ機構をモデル化してブサイクな自動車状の「教具」が手に入るのではなく、ちゃんと「鑑賞できる立体物」としてアウトライン、ディテール、色彩設計が施されていることが最大の特徴です。エレキットブランドで発売されている組み立てモデルはどれもデザインの足腰が強いのですが、親しみやすさを付与するために動物や昆虫の形態に「学ぶべき機能」を合体させたものが多いのも事実。しかしこれはあくまでも「自動車の機能を自動車のカタチで伝えようとしている」という意味で、(当然のように思えるかもしれませんが)ブランドの中でも際立つ存在となっているのがおもしろいポイントです。

エンジンまで詳細に再現されたビッグスケールプラモデルとも、実際にショックアブソーバーが伸び縮みするRCモデルとも違う、エレキットならではの自動車模型。レトロな外観でありながら、ここにはプラスチック製組み立てモデルの設計/製造技術とデザインの高度な融合によって他にはない「最先端の景色」が広がっています。秋の夜長に楽しみたい芳醇な模型体験を、ぜひあなたも受け取ってください。