

飲み物の入ったコップが倒れる瞬間というのには幾度も遭遇するが、自分がコップを倒したときの怒りと情けなさが瞬時に交錯するし、他人がコップを倒したのを見るときのなんとも言えない憐憫もまた言葉にしづらいものだ。飲み物がこぼれるというイベントは日常にありふれた景色でありながら人の心を大きく揺さぶる。
ハセガワが1/12スケール(要は世の中一般の塗装済み完成品可動フィギュアに合わせた大きさ)のレトロ自販機を無数に製品化してきたなかで、最新作であるカップジュース自販機もまた、金型をうまく使いまわしてシールと組み合わせることでそれらのシリーズを拡張するひとつのバリエーションにすぎない……と思っていたら大間違いだった。

本アイテムは同社の「レトロ自販機(かき氷)」の一部金型を新規に設計し、カップジュースの自販機に仕立てるためのシールを同梱したもの。ガラスで覆われた立体的な構造は無視してガラス面にベッタリと「FRESH オレンジジュース」という図柄を貼るのも大胆だと思ったが、不定形な雲形とハート型に印刷されたオレンジのシールが目に飛び込んでくる。

透明のプラスチックで同型のパーツが用意されており、ここに先述した半透明のオレンジ色シールを貼るという指示がある。そう、これはうっかりカップを倒してこぼしてしまったオレンジジュースのパーツだ。ちなみに不透明なグレーのカップにはストローを刺すために切り欠きの付けられた液面のパーツとそのままがぶ飲みするために切り欠きが設けられていないパーツが入っており、それぞれ表面には浮かんだ氷の凹凸が彫刻されているなど芸がこまかい。

ハセガワのレトロ自販機シリーズはシールがとても薄く、帯電しやすい素材であるためにパーツに近づけただけで静電気によってあらぬところにくっついてしまうのが難点だ。水や界面活性剤(つまり中性洗剤だ)で滑らせるように貼る……という技もあるが、ある程度伸縮性も備えているためとにかくシワや気泡を入れずにビシッと貼るのが難しい。とはいえ、透け感のあるフィルムと印刷のお陰でスマホの光を裏面から当てると実感のあるボタンの発光が楽しめる。電飾を施して夜のドライブインを演出するのも簡単な構造だ。

話が横にそれたが、これまでのハセガワ製レトロ自販機シリーズは「自販機単体が、そこにある」というタイプの製品ばかりだった。これを使ってどう遊ぶか、何を表現するかはユーザーのイマジネーションと追加の工作や塗装に委ねられていたし、それでも充分に「レトロな自販機の立体物がある」というだけで価値を築いてきたことは間違いない。しかし、ここにきて「こぼれたオレンジジュース」をわざわざパーツ化したことにより、「自販機の周囲で繰り広げられる情景」が模型の中に内包されたことになる。タミヤの戦車が単体でそこにあるのではなく戦車兵や歩兵とともに情景をなすように……。

手近なアクションフィギュアを配してみると、特別よそから道具立てを考えなくても一種のコントのような情景が完成する。ハセガワにしてみれば「金型の余ったスペースにおまけパーツを配置しただけ」なのかもしれないが、模型を使ってどう遊ぶかの提案がパッケージングされたことは大いに意義がある。今後の同シリーズにもハッとさせられるようなドラマの種が仕込まれたら……と思うと、ますますこのシリーズから目が離せなくなる。