

そのモノがおかれた「文脈」を知らなければ、本当にモノを愉しむことはできない。
うんうん、それはそう。でも、あなたはその言葉をそのまま何も知らない人に伝えることができるだろうか。そしてその人は、あなたの言葉を素直に受け取って「よし、がんばって学ぼう」と前向きに思い固めてくれるだろうか。

このところなにかと話題のアメリカンカープラモ。アメリカで60年余りにおよぶ歴史を持ち、世に送り出されたキットはもはや数知れず。キットにはそれぞれ濃密な来歴・物語があり、それを解き明かしながらキットを愉しむのは、また格別の味わいがある……とはいうものの。
たとえば細かいことをなにひとつ知らなくても、キットそのものの裸の魅力ひとつで、忘れられないポジティブな模型体験を約束してくれるアメリカンカープラモはないものだろうか。
あるよ。MPC ’71 ダッジ・デモン。これはアメリカが生んだ最良のアメリカンカープラモのひとつだ。

パーツのひとつひとつが格段に練り上げられ、ピタリピタリと気持ちよく位置が決まる。継ぎ目ひとつなくなめらかに舗装された、これはまるでランニングコースだ。組立説明書はわかりやすく親切で、すべて知り尽くしたベテラン伴走者のような頼もしさを感じる。カープラモの経験値にかかわらず、誰もがゴールテープを間違いなく切れる、そんな予感がある。
ボディーとシャシーのハメ合わせにストレスがない。せっかくきれいに塗り上げたボディーを力技でたわめてガチャン!といく不安がない。バンパーの取り付けにたっぷりと面でできた接着シロがあるから、失敗のしようがない。つい身構えてしまうむずかしいメッキパーツやクリアパーツも必要最小限で、実車ではメッキのかかっていない部分までメッキだったり、透明でない部分まで透明だったり、そうした古風な大雑把さがない。
まさにモダンなポジティブ・ファクトの詰め合わせ。ネガティブ・ファクトはすべて遠い歴史の彼方に置いてきました。そんなキットである。

組み立てのストレスから解放されて、ビルダーは沸き立つこの車そのものへの興味に心から集中できる。
組み立てにくいプラモデルは、ときに実車への強い思い入れを矢に盾に、くじけそうな難所を切り抜けなくてはいけない場合が多々あるけれど、このキットは代わりに、コーヒーを一杯淹れてゆったり味わうだけの余裕をくれる。香り高くおいしいコーヒーで心を落ち着かせたら、少しだけ手をとめて、組み上がりつつあるこのキットの姿が、いまネット上で簡単にみつかる実車の姿とほんとうによく似ていることを確かめてほしい。このとき目にするカラフルな実車写真のなかに、あなたがぜひ塗ってみたいと思うボディーカラーがみつかるかもしれないし、ひょっとしたらそこにはない、もっと素敵なカラーのことを急に思い出すかもしれない。

そうこうしているうちに、やがてこのキットはかっこよく完成するだろう。実車そのもののスタイルをあなたのカラーで。晴れてあなたはアメリカンカープラモの立派なビルダーとなる。
このキットはストレスなくみんなの気持ちとスキルをビルドアップしてくれる。この車とキットの細かいトリビアにのめり込むのも、多少の苦労をともなうかもしれないアメリカンカープラモの「次」にすすむのも、すべてはこのキットを完成させてからでいい。

ギターの演奏がどうしようもなく苦手だったといわれるロバート・ジョンソンは、噂によればギターをかかえて真夜中のクロスロードに立ち、あらわれた「悪魔」と契約して伝説のブルース・ギタリストになったそうだ。「悪魔」はただ黙ってジョンソンからギターを取り上げ、ちょっとチューニングしただけでギターを返してくれたという。たったそれだけ。ストレスなし。
MPCのダッジ・デモンはそんな悪魔と同類かもしれない。悪魔の顔はキットに入っているデカールで拝むことができるけど、かわいい顔してしっかり魂だけは奪っていくからどうか気をつけて!