
8年ぶりの東京往訪という事で、昔お世話になった方にバイク模型をつくって手土産にしました。ドゥカティ916を「気合いの全塗装」で組みきり、同じくタミヤのディスプレイケースに梱包してハンドキャリー。無事、ミラーを折らずに配送を完遂すると「俺、もう916を買わなくてもいいじゃん!」と大変喜んでもらえました。そのパイセンは「バイクをメチャクチャ乗ってきたアニキ」、略して「バイクニキ」であり、刻んできた伝説が山盛り。年の瀬に眩しすぎるエピソードを伺いながら’80s~’90sノスタルジーを爆発させてきました。
1986年の鈴鹿8耐で圧倒的勝利を達成したHRCのRVF750を出自とし、その翌年にHONDAの聖典に記録されるRC30ことVFR750Rが世に放たれました。「公道を走れるワークスマシン」と当時のメディアでは常に話題となり、熱狂のまっただ中に満を持してタミヤがキット化したのが’88年のこと。

人類がバイクを駆ることに憧れ、その実現に躍起になるピークは15~18歳だと考えます。当時「RC30に乗れたら」などという願望は「森高千里と付き合ったら」「ゴクミと結婚したら」と同義と言っていいほどに果てのない妄想のひとつでした。だがなんと! バイクニキはハイティーンでRC30を駆っていたというじゃありませんか!ほかにも「うん、それ乗ってた (ニッコリ」という話の応酬で、聞いてるコチラは「なにこの少年誌マンガみたいな話」と思いつつも、現人神に手を合わせながら涙したのであります。

旅から帰宅してソッコーで手にしたタミヤのRC30。上下のカウルそれぞれが一体ゴロッとクリアパーツ仕様。はい、もう嬉しい。’80~’00年代のタミヤのスケールモデル、ボディが一部クリアパーツ仕様なのが多い気がします。切ったり貼ったり塗ったりの扱いは少しデリケートだけども、塗装をいっさい放棄してゴールするならプラスチックの塊として華やかさが生まれると思います。

当時のタミヤのキットはパーツ点数が少なく、サクサク組めていけるのも嬉しい。ランナーは白、黒、銀、クリアの4枚のみ。タミヤセメントは流し込みタイプ(速乾)と合わせて貼っていけば疾走感をもって組んでいけます。ホースをピンセットで差し込んでいったり、タイヤをホイールにバコッとはめたり、付属のドライバーでビスで留めたりと、多様な工程をエンジョイできるのがバイク模型の大きな魅力。特に塗装レスでいくなら古いキットでもグングン組めて楽しいばかりなのです。

RC30のメインディッシュともいえるプロアーム(HONDAが初めてレースで結果を築いた片持スイングアーム)へのリアタイヤ装着! ‘80sレーサーレプリカの金字塔! 俺の鈴鹿8耐です! 手土産にしたドゥカティ916は各部位を塗装しながらのデリケートな組み立てで、かつ時間を要したこともあり「今日は塗らずにタミヤの組み味だけを楽しみたいんだー!」と爆走モデリング。あっという間にこの最高沸点にたどり着けました。塗らないプラモもマジ最高だ。

35年前発売のベテランキット、無塗装であってもこの佇まいです。カウルが透明だからこそ眺められるエンジンカバーのHONDA印。プラスチックの色がモノトーン調なのもあってシンボリックに目に飛び込んできます。HONDAが世を席巻した時代性を様々な角度から追憶できる特別な工業製品とも言えます。バイクニキのありがてぇ話があっての高まりでもありますが……。

HONDAが近年、RC30オーナーへ向けた車両維持のためのサービス「リフレッシュプラン」を展開している事を知りました。WEBコンテンツとしてもとんでもないブ厚さです。RC30のキットは色塗らなくても、このページで色あせることのない「RC30が築いた歴史」を体験できるので合わせて是非。これぞ、まさに”ブランド”なんですよ。