縮尺に対して体積は3乗で効く。1/24のカーモデルと比べると、1/20のプラモデルは1.728倍もの空気を押しのけるから、その存在感はスケール表記から直感的に想像されるものよりうんと強くなる。タミヤから久しぶりに再販された1/20のポルシェ 935 ヴァイラントと1/24のポルシェ 911 ターボのボディをこうして並べると、数字を羅列するよりもわかりやすいはずだ。鮮烈なコバルトグリーンのプラスチックは、塗装の必要を感じさせないほど美しい。
ボディ以外のパーツは黒とシルバーに大別されるが、シルバーのランナーにはバラバラになったエンジンと、カーボンフリーズされたハン・ソロよろしく四角い箱に半立体となって彫刻されたエンジンがある。最初は「上から見たところと下から見たところを組み合わせる仕組みかな?」と思ったが、どうも違うらしい。
水平対向6気筒のエンジンとトランスミッションの彫刻が入った箱を裏返したら、正体は電池ボックスだった。今回はディスプレイ(=スタティックな展示を楽しむタイプの)モデルとして売られているが、このプラモデルがかつてはモーターで走る仕様でも組めたことを示す化石だ。聞けば、そもそもカーモデルは1/24スケールが”主流”だったのだが、走行模型がブームになった時代はモーターをエンジンのパーツの中に仕込む都合上、各社がこぞって標準スケールより大きな1/20を採用していたのだという。
その名残としてタミヤには(最初からディスプレイ専用モデルとして設計された後年のアイテムも含め)F1マシンを中心に”グランプリコレクション”と銘打った1/20スケールのラインナップが現存している。モーターを仕込んで走行させる以上いくばくかのディテールが犠牲になったかつてのプラモデルのなかでも、現代の鑑賞に耐えうるものが走行ギミックを取り払われ、「ディスプレイモデル」として販売されているというわけだ。
「走る模型も面白いが、走行させないキミは完璧なエンジンを組み上げるという選択をしてもいいんだぜ」と言わんばかりの立体的で豊かな彫刻に彩られたディスプレイモデル用エンジン。
プラモデルにおける”プレイバリュー”という言葉がただ単に「動く!光る!音が鳴る!」という加算的な概念ではなく、正確さへの憧憬と動く喜びのいずれかを排他的に選ばねばならぬユーザーの心の葛藤にこそあるのだとすれば、ハナから決められたゴールに向かってひたすらにまっすぐ走り抜けるようなプラモデルとの違いが浮き彫りになる。このポルシェに残された無駄とも過剰とも捉えられ得る余地を、「そういう時代だったから」と片付けてしまうのは、ちょっと惜しい気もする。
デカールを見やれば、右下のタミヤロゴの上にイタリアの名門、カルトグラフ社の名前がある。いまや決してモーターで走ることのないポルシェ935だが、美しく用意されたボディカラーや精緻なエンジンのパーツと高品位なデカールを組み合わせれば、おそらくこのプラモデルが単なるリバイバルではなく、当時すでに備えていた高いポテンシャルを現代に伝える貴重なアイテムであることが体感できるはずだ。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。