アメリカンカープラモの黄金期が産み落とした雪上の奇跡/MPC Rupp Super Sno Sport

 ミッキー・ラップ率いるラップ・マニュファクチャリングの栄光はとても短かった。

 オハイオ州マンスフィールドの小さな自宅ガレージで、彼が凝った構造のゴーカートを組み上げて販売に踏み切ったのが1959年。ビジネスは順調に発展を続け、特にこれといった産業もなくぱっとしなかった彼の地に力強い雇用を生み出した。

 ラップが得意とした主力製品はゴーカート、ミニバイク、そしてスノーモービル。ナンバープレートをつけて公道を走ることこそできないが、法規でがんじがらめにされて公道しか走れない乗り物には決してない、のびのびとした自由がラップの製品にはいつもあった。

 だからラップの製品はすぐプラモデルになった。ちょうど1960年代当時のプラモデル業界はホットな拡張期にあって、それまでの売れ筋であったビッグ3の車たちとはひと味違ったモチーフをどこも模索していた。いわんや、起業してまもないジョージ・トテフ率いるMPCならなおのこと──ふたつの情熱はすぐに出会い結びあって、1/8スケールと1/20スケール、それぞれ当時としてはボリュームのある大スケールで、ミニバイクの傑作ラップ・ロードスターとスノーモービルの怪物ラップ・スーパー・スノー・スポーツがプラモデル化を果たした。

ホビコレ MPC 1/20 スーパースノースポーツ・ドラッグスター

  今回取り上げるのは後者、当時のマーキュリー・クーガーと同じフォード製302立方インチV8エンジンを徹底チューンしてドライバーの前に積み込み、雪上で時速170マイル(約273km/h)を叩き出す空前絶後のドラッグスター。走るフィールドがアメリカやカナダの平原限定だったら、また相棒のルドルフさえ反対しなければ、きっとサンタクロースもこのマシンには興味津々だったことだろう。実際エルヴィス・プレスリーなどはラップのマシンにかなり興味をひかれていたと伝え聞く。

 MPCはこの世にも稀なマシンを、実物とほぼ同時期に、巧みな設計で世に送り出している。華麗なボディーにほぼほぼ隠れてしまうにもかかわらず、スリングショット・スタイルのチューブラー・フレームやボギーはきちんと作り込まれ、履帯や座席には実物同然に軟質樹脂製のものがしっかり盛り込まれている。でたらめではないしっかりとしたスケールモデルだから、現在その数を増し続けている1/20スケールの精密なフィギュアと組み合わせても決して見劣りなどしない。

 1970年代を迎え、招かれざる石油危機がやってきて、社会全体が退屈の殻に閉じこもるようになるとラップ・マニュファクチャリングあらためラップ・インダストリーズの業績は悪化、1973年にミッキーは夢の事業を手放して、1978年に会社は倒産してしまう。

 後世の身勝手な目からすれば、それは歴史の中のほんの一瞬の光芒で、時が決して止まることのない以上、その輝きはいつか必ず薄れ、忘れ去られていく。

 だが、ここにはこうしてプラモデルがある。そのわずかな光芒をとらえた、写真よりはるかに解像度の高いプラモデルが。

 鋼鉄でできたその金型は、文字以外の手段によって事実が克明に刻まれたロゼッタ・ストーン、われわれが手にするプラモデルはその精密きわまる写しだ。これさえあればなにもかも忘れ去っていく人類も、遠い過去をまるで昨日のことのように思い出したり、またあらたに識ることさえできる。

 それを諦めない人々がいるかぎり、プラモデルは50年の歳月などいともたやすく飛び越えてみせるのだ。

ホビコレ MPC 1/20 スーパースノースポーツ・ドラッグスター

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bantowblog

1972年生まれ。元トライスタージャパン/オリオンモデルズ、旧ビーバーコーポレーション勤務を経て、今はアメリカンカープラモの深淵にどっぷり。毎週土曜22時から「バントウスペース」をホスト中。