この完成形を見て「あ、広目天だ」とワタシは思ったのですが、製品名は「持国天」となっています。仏教美術に少し馴染みがある人ならば、日本のいろいろなお寺に安置された四天王像のだいたいの特徴を知っているはず。剣を持っているのが持国天で、口を開けて威勢のいいのが増長天、多宝塔を手のひらに乗せているのが多聞天で、なんでもかんでもお見通しみたいな顔で静かに佇んでいるのが広目天、と相場が決まっています。ロボットアニメでも「こういう武器を持ったやつはスピードタイプ」「この体型のやつは火力がめっちゃ高い」みたいな類型がありますよね。
海洋堂から発売されるARTPLAの四天王像シリーズは、大きさこそ違えど同社から過去発売された「カプセルQミュージアム 日本の至宝 仏像立体図録3 威容の四天王編」と見た感じほとんど同じ造形。その時はこの出で立ちの像は「広目天」という名前で売られていたのですが、プラモになったら名前が変わってしまっている。そういえば、今年の静岡ホビーショーで並んでいたときもこの製品のネームプレートは広目天でした。なんでいきなり名前が変わった?
「すわ、開発の過程で製品名がごっちゃになってしまったのか?果たしてそんなことあるのか?」なんて考えていたら、詳しい人からメッセージが。「このプラモの造形のイメージソースになっていると思しき興福寺の四天王像って、じつはここ数年で名前が入れ替わったんですよ」とのこと。
というのも奈良の興福寺って、本当ににものすごい回数の火災に見舞われていて、そのたびに置いてあった仏像を緊急避難させてるんですよね。で、再建してからもとに戻したり戻さなかったり、「これどこに置くんだっけ」となったり、記録があったりなかったり。デジカメもなければ専属スタッフが帳簿をクラウドで管理しているわけでもない時代ですから、一回火災が起きたらもうなにがなんだかわからなかった、というのもまあ想像に難くありません。
で、当然ながら興福寺の四天王像もそれぞれの特徴から「おそらくこれが広目天で……」と同定されていたのですが、近年めちゃくちゃ研究が進んでいろいろな資料と突き合わせた結果「そもそもこの建物に置いてあったもんじゃないっぽい」「しかもこれ、どうやらこれ広目天じゃないっぽい」みたいになり、いままで広目天だと思われていたのが持国天、持国天だと思われていたのが増長天、そして増長天だと思われていたのが広目天として作られたものだったということで一応の決着を見たようです。いやいや、日本でも最古級のお寺に伝わる国宝でもそんなことあるんスね……。
プラモとしては本当に素晴らしい組み心地で、さすが海洋堂!と言いたくなる造形のARTPLA四天王像シリーズ。少しメタリックの粒子が入ったグリーンも落ち着きがあって最高です。しかし、それなりに仏教美術の勉強をしたつもりの自分でも知らなかった研究の最新成果がプラモの名前で飛び込んでくるなんて……というのがいちばんの驚き!みなさんも組んで、部屋をしっかり守ってもらいましょう。そんじゃまた。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。