

先日フラッとガンダムベース東京に行ってみたところ、正気を失ってSDガンダム……とくにSD戦国伝、(いわゆる武者ガンダム、正式表記は武者頑駄無)のプラモをドカ買いしてしまい、自分で驚いた。「自分の心の柔らかいところ、ここ!?」ってなった。いや本当は「Ver.Kaブランドのマスターグレードが何かしら並んでないかな~」くらいの気持ちで行ったんですよ。まだガンダムベースには意外なほどガンプラの在庫があると聞いたんで。いやしかしどうしてこんなことに……。
『SDガンダム』、とくに本筋のガンダムから独立した世界観を持つ『武者ガンダム』や『ナイトガンダム』といった作品群は、今やガンダム史上でもトップクラスに謎めいたコンテンツになりつつある。一時期は大ブームになり確実にガンダムというIPを支えた化け物コンテンツでありながら、いまやその熱狂の記憶は個々の脳内に留まるばかり。上の世代からは「なんか子ども向けのやつ」と思われ続け、下の世代からは「なんかよくわかないやつ」と思われ続け、リアルタイム世代のあいだでしかその「凄さ」……あるいは狂気とも言えるコンテンツの強度が表立って語り継がれていないように思えるのだ。

例えば今回の私は今回のドカ買いにおいて「轟天頑駄無あるじゃん!!!!」と鼻息荒く上写真のアイテムをカゴに放り込んでしまったわけだが、このアイテムの持つパワーってSDガンダム世代以外には伝わらないのではないだろうか。轟天頑駄無はね、「宝石」……いや「宝」かな。宝なんですよ。

この頃のSDガンダムはメッキやクリアーパーツによってゴージャス感を演出しているわけですが見てくださいこのでっけぇクワガタやクリアーパーツの美しさ。キラキラしたパーツだけじゃない! 蓄光パーツも封入されていて……。

暗闇で光る!……とかさ、こんなふうに書いても知らない人には「ふうん」で終わりだろう。「なんか特別な加工でかっこいい形がパーツになっていて……それで?」と思って終わりだろう。「それは最新のガンプラの色分けがすげえ完璧とか、最新の飛行機のプラモがバチピタに合うとか、そういうスゴさと比べて何が特別なの?」と思うことだろう。私もそう思います。
じゃあなんで私は轟天頑駄無に狂ってしまうのだろうと改めて考えると……この、パッケージ単体のなかでの「買わせるぞ!!」 というプロダクト感というか、マーチャンダイジングパワーみたいなものを感じて興奮してしまうんですよ。例えばほら、箱の横!

すげえキラッキラの写真が載ってる! こんなにメッキパーツキラキラになる!?そして箱の横でこれでもかというほど「ほら! こんなにすごいパーツが付いてくるんですよ! カッコいいだろ欲しいだろ!」というのをアピールしてくる! すげえ! 欲しい!
キラキラとかピカピカとかをこれだけわかりやすくビジュアルにストレートな強パンチでもって叩きつけられなければ「ホログラムシール!? 蓄光パーツ!? なんかすげえぜ!」と思えないわけですよ。我々はボーッと生きてるから。それを「ほら! 見ろ!!! すげえだろ!!」と向こうからガシガシ推してくる! 豪華であることを! ほな買うか……と思ってしまう。

ため息をつきながらもう一度パッケージアートを見るとアッ! 蓄光パーツがぼんやり光ってる! こう見えるってことか!? カッコいいぞ! 芸が細かいぞ!しかもすげえかっこいい鎧がついてる!! しかもこれがあれば別売りの武者ガンダムをパワーアップできる!

で、その別売り商品であるところの烈光頑駄無に実際に鎧を着せた写真が載ってる!! うわっ!!! カッコいいぞ!!しかもこの烈光頑駄無は主人公なんです。主人公をパワーアップさせるにはこの轟天頑駄無を買わなきゃいけないってわけか! 心技体もバランスよく高水準だしな。

で、箱を開けるとそうして散りばめられていたフレーバーの詳細がB4用紙いっぱいにギチギチに書かれているわけです。なんだこの情報量は。すごいよ。新聞かよ。

マンガを読むとちゃんと、「従来の鎧で戦ったら強敵に負けてしまったが、新しい鎧に着替えてパワーアップすることで勝てた」というストーリーが展開されていて……「ああそうか! 敵が炎の力と氷の力を持っているからこちらもそれに対抗しなければならなかったのか!」と納得するんですよ。

そう! だから烈光の鎧でなければ……炎と光の力! 赤と青のクリアーパーツでなければならなかったッッ!! とすべてがつながってくるんですよ! 買ってよかった! 豪華クリアーパーツに惹かれて買ってよかったッ! と箱の側面と中身と説明書でストーリーが完結するッ!!
……よく「オマケのマンガを読むためにSDガンダムを買ってた」なんて言われ方をしますが、まさにその通りというか……もっと言えばこの「プラモの箱」「成形品」「マンガ含めた中の印刷物」といったプロダクトをひっくるめた全部がメディアとして完成&完結してるわけなんですよ。

どうも最近、立体物に対して「グッズ」的な見方をしてしまうというか、先に母体となるコンテンツがあって、その「好き」をなにか手元に残したいという気持ちから「グッズ」を買う的な感じでプラモデルやフィギュアも買ってしまうんですけど、SDガンダムのプラモデルはハコから中身から読み物に至るまで、総体が「メディア」として完結しているわけです。
ストーリーや設定だけを抽出してもガンダムは語れないし、ただ組み上げたガンダムの写真をカタログとして眺めてもガンダムを語ったことにはならない……というのはいわゆる”リアルタイプ”でもそうなんだけど、往時のSDガンダムは「映像とプラモデルと小説と模型専門誌的な媒体」みたいなメディア同士が相互に補完しあう関係を軸とせず、すべてが模型店に並んだパッケージのなかに入っている。次から次へと買って読んで組んで、さらにパーツの互換性を楽しみ尽くすという行為そのものがメディアとしてデザインされていたから、そのどこかだけを切り出したところであの熱狂を語り継ぐことができなかったのでは!? そう、俺達は物語を体験したいからBB戦士を買うのだ!!!

この「箱ひとつでのお腹いっぱい」感はけっこう、この頃のSDガンダムならではなんじゃあないかと思っています。なのでちょっと、ミリしらなんだけどなあ……という人も騙されたと思ってひとつ買って見てほしい。その「勢い」「熱量」なによりも「マジで……売るぞ!」という根源的な気持ちに圧倒されるはずです。おすすめは「主役を買おう」とかよりも1000円~3000円くらいの大きめの箱のヤツを思い切って買っちゃうことです。すごすぎて卒倒するので。ぜひ。やってみてくれ。マジで。