「ヤバいヤバいヤバい。今の無しで!」
そう思いながらやっちまったことを後悔したのは、ドライブラシ用の筆で、ジープに黄緑色の塗料を乗せたときだ。タミヤの1/35 U.S.ジープ ウイリスMBは手のひらにのるかどうかの大きさの軍用車両で、いつでも手に入る定番品の素晴らしいプラモデル。プラモデルやミリタリーに関心がなくても知っている人もいるであろうジープの「あまりにも定番すぎる感じ」からなんとなく遠巻きに見ていた、そんなキットだ。
組み立て始めると、本当にあっという間に形になる。「組み立てが楽しい」という感情が生まれる。それと同じくらい「よし、塗るぞ!」と、その気になっている自分にも気づく。組み立ての楽しさと同じくらいに、スムースに塗装へ入れるというのが、タミヤのパーツ精度の持つ意味だと気づいた瞬間だった。
やっちまった筆塗りは、そんな組み立てやすいジープが私をその気にさせて起こった出来事だった。ただ、ここからが勝負だ。明らかにビビりながら塗料がついた筆で慎重にジープの表面を叩いていく。
するとぼんやりとした質感が重なって、なんだかいけそうな気がしてくる。それに「こんなことでなんでビビっているんだろう」という少し覚めた自分が突然現れて少し笑える。たとえ失敗したところで昼飯の定食を2回か3回、おにぎりにダウングレードすれば全然取り戻せる話だ。
色を重ねているときに考えていたのは、7月の終わりころに見た、上野公園の満開のハスの花だ。花びらは、真ん中のあたりが厚みも色も薄くなっていて陽の光が透けていた。
なので、ボンネットの部分にもそのように色を重ねた。広い面の中央部分には淡い色を乗せて、端は緑色をキープ。一度感覚をつかむと、側面や座席なども、どこに淡い色を載せるのかが急にわかってくる。車を塗っているには塗っている。しかし、感覚としてはひたすらに「奥・手前」だとか「厚い・薄い」のように面やカタチだけを分類して塗っている感じ。
ハスの葉と花の、緑とピンクの補色の鮮やかさに引っ張られるままに、所々にピンクを入れた。プラモを始めたときから、こういう「理由はあるのに、プラモデル的にはあまりに見られないことをしたいな」と思っていた。
その願いを達成するための最後のピースは「外に出て素晴らしい風景を見ること」だった。私は、外に遊びに行くことはあまり得意ではない。特に自然に触れる機会などはほぼない人生だったし、これからもそうだと思う。プラモデル趣味の扉は内へ内へと進んでいくものだと思っていたら、いきなり外に出ることになった。夏はまだ終わらない。悪路を駆け抜けるジープのように、玄関を出てどこへでも行こう。
1987年生まれ。デザインやったり広報やったり、店長やったりして、今は普通のサラリーマン。革靴や時計など、細かく手の込んだモノが好き。部屋に模型がなんとなく飾ってある生活を日々楽しんでいます。
Re:11colorsというブログもやっています。