世の中には「悩む理由が価格なら買っておけ、買う理由が価格ならやめておけ」という買い物に関する俗諺がございます。で、正直に言います。マイクロエース(旧エルエス)の1/32オーナーズクラブは、僕にとって後者……つまり、安くて古くてスケールが小さいので「それだったら少し高くても新しくて作りやすくて大きいモデルのほうが自分にフィットするんじゃないかな」と思って避けてきたフシがあったんですよね。
もちろん店頭には常時在庫されているし、プラモにあまり親しみのない人にもなんだか渋く映るラインナップ、そして何より破格の値段でオーナーズクラブは一定の存在感を放っていますから、僕もいくつか作ったことはあったのです。そのたびに「ああ、最新プラモよりもバリがうるさいな……」とか「窓ガラスが分厚くて野暮ったいな……」なんて心のなかで文句を言ってきました。
映画『トップガン マーヴェリック』からはいくつものメッセージを受け取ることができるわけですが、そのひとつに「パイロットにせよ飛行機にせよ、老兵にもチャンスが回ってきて、そこに強固な意志とスキルが合わされば思った以上の存在価値を見出すことができるんだよ」というものがあります。
なんでいま1/32のポルシェ911Sを組むのか。それは1/32のP-51Dマスタングの横に、ペニー・ベンジャミン(演:ジェニファー・コネリー)の愛車を置きたいから。ほかに選択肢はないし、これこそが最良の選択肢であるはずです。ハコの中からはシンプル至極なパーツ達。どこにも難しそうなところはないように見えます。
ただ、この少ないパーツたちが所定の位置にパリッと収まってくれるかどうかはまた別のお話。オリジナルの『トップガン』と同じだけの歳を重ねたポルシェのプラモデルをシャキッとまっすぐ走らせるには、なんともあやふやな取り付け位置を慎重に見定め、くたびれた金型と語り合う必要がある。それがなんだか嬉しいのは、間違いなく映画の影響でアドレナリンがドバドバ出ているからでしょう。
ボディは粒感があって輝きすぎないシルバーで塗るのが良さそうです。ちょうど手元にあったタミヤのマイカシルバーは金属粒子が白っぽく輝いて、ポルシェの雰囲気にマッチします。今日もサウンドトラックを再生しながら、軽快にエアブラシを走らせます。持ってない人はスプレー缶一本でOK。
36年、とびきりの脚光を浴びることもなく淡々と再販され続けてきたナローポルシェのプラモデルが、いまの僕には最高級の「興奮グッズ」としてここにあります。ずっとあたりまえにあったものなのに、ある日突然誰かの経験に応えて棚の一角からキラリと呼びかけてくる。古いプラモが新しい意味を纏って輝く瞬間って、なんともすばらしいものじゃありませんか。買う理由に悩まなくていい価格にも、最大限の敬意を込めて。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。