アオシマ 1/350 カティサーク。私にとって初めての船のプラモデル。キットは完成間近。しかし付属の糸を用いたロープ張りに、私は苦戦していた。
ことの始まりは連休の日帰り帰省だ。最近思い出した、小さい頃の記憶。父はここの2階で、大きな船の模型を作っていた。それがプラモデルだったかどうかは定かでない。しばらく部屋に飾ってあったような気もするが……あれはいったい何だったのか。父の話を聞くより自分で探した方が早そうなので、私は久しぶりに実家の離れに足を踏み入れ、ほとんど物置となっている部屋の中身をひっくり返し始めた。
拍子抜けするほどあっという間に、手がかりが見つかった。
それはまさに、帆船のプラモデルの箱だった。イマイという知らないメーカー(あとで調べたらアオシマやバンダイとも繋がりがあってびっくりした)の、1/120カティサークこそがおぼろげな記憶の正体だったのだ。
箱の中身はランナーの残骸と説明書。そして、薄く大きなプラスチックの成型物。いちばん下には、1984年と書かれた新聞紙が1枚入っていた。私が生まれる前の日付だ。箱と内容物をひと通りを写真におさめて母屋に戻り、父に写真を見せてみると、目を丸くして「確かに作ったな」と言った。ハーレーも作った、戦艦大和も作った、零戦は本当にたくさん作った……と話すうち、父は私が思うよりずっとプラモデルをたくさん作ってきた人だということが分かってきた。残念ながらほとんどの完成品は、実家の建て替えや震災の影響で処分してしまったという。カティサークもそのひとつだ。
どうやらこれは帆のパーツらしい。知育菓子の容器のようなペラペラのプラスチックで成型されており、風を受けて膨らむ様子が表現されている。平らなところと風を孕んだ帆の部分を切り離して使うはずだが、写真のようにほとんど手付かずである。結局このカティサークは未完成だったのだろうか?
食事の支度をしていた母が写真をのぞき込む。
「あれお父さん、カティサークはもう残ってないんだっけ?」
「お母さんよくカティサークって名前を知ってるね」
「うん、だってあれはアタシが結婚前にプレゼントしたものだからね」
「なんだってー!!!」
予期せぬ40年前のロマンスに盛り上がった私は、その後すぐにアオシマ製のカティサークを購入した。帆の表現方法はイマイのキットと同じ薄いプラ板。驚きだ。
父が帆を取り付けなかった理由は、すでに作り込んだマストやロープが見えづらくなるのが嫌だったからだという。息子の私はといえば、「帆を付けた方が失敗したロープが見えにくくなっていいな」などと考えているのだが、「帆を付けなくたって、十分カッコいいんだ」と父はドヤ顔で締めくくっていた。
そういえば、イマイの説明書の隅に描かれたイラストの父親らしき人物もまた、帆を取り付けていないようだ。そしてドヤ顔。彼も案外、我が家の父と同じようなことを息子に話しているのではあるまいか。
1986年生まれ。東北の住みよい街にて、のんびりとプラモデルをいじる日々を送っている。ファレホLOVE。