

プラモ趣味にハマってからたくさんのプラモデルを完成させて、最近は塗装もするようになった。それでもふと目をやると無塗装の完成品が置いてあるという生活がやめられないというか、その方が気分がいい。「何かのレプリカとしてのプラモデル」というよりは「プラスチックのパーツが組み合わさることで生まれる製品としてのプラモデル」に惚れているのだろうなとつくづく思う。
その魅力の中には、細いパーツや薄いパーツがピシッと存在していることもひとつの要素があると思っている。たとえば戦車だとか軍用車両などは、いろいろなパーツが組み合わさっているのが外見からも伺えるので私の中では非常に好感度が高い。つまり、それらが生み出す精密な姿が好きなようだ。

ロシアZVEZDA社製の1/35 ソビエトM72サイドカーは、裏面に描かれている飲み物を注ぎながら運転する男性やアコーディオンを弾いている男性の姿に惹かれて購入したキットだ。「わ、これ買う」と思って購入した後に「138 Parts」と記載されていることに気づいて「同スケールのタミヤのバイクに比べると異様に多いパーツ数だな」と思って寝かしていたキットだが、最近この過度な精密さに触れてみたくなった。
説明書を開くと、工程1ですでに要求される細かな作業に「これでパーツが合わなかったら終わるな」と思わされる。しかし貼り合わせていくとパーツ精度は良く、組み立ての細かさと絡み合った感覚は綱渡りのようなギリギリの感じで、小さなパーツがみるみると組み合わさっていく。

思わず「こんなに先行きが危ういプラモデルは久しぶりだなー」と言いながら出来上がったエンジンを、そっと手に取り木片の上に乗せてみる。まるで美術館で展示されている器だとか、オブジェのような雰囲気を醸し出し始める。細かなパーツがピシッと組み合わさるがゆえの精密さに惚れ惚れしたし、その後の作業にも、このレベルで全体が仕上がるのかと思うと明るい兆しを感じた。
もしかすると、ZEVZDAは”私たちはこれくらいの精度でバイクを再現できます”ということをプレゼンテーションしたかったのかもしれない。などと思いながら次の工程に目をやると、エンジンを収めるためのフレームを組み立てる作業だったのでパーツを探し始める。

次に必要なパーツは細く、ニッパーで切ろうとしたら、その際にかかる負荷に耐えられずに折れてしまいそうなので、思わず変な笑いが出てしまった。だけど、ついさっき組み立てたエンジンのように精度と精密さが約束されていると思うとワクワクするし、失敗を案ずるよりも冒険したい気持ちが勝っていることに気づいた。
無塗装で仕上げるたびに、パーツの合いや分割のテクニカルな部分を発見して、プラモデルという製品そのものの面白さに惚れ直す。そうしてまた無塗装でプラモデルを組み立てると思うので、この遊びに飽きることは当分なさそうだ。