
「プラモデルなんて誰が組んでも同じものができるんだから、創造的じゃない」なんて、誰が言ったんだろう。こんなにたくさんの人に塗られ、こんなにたくさんの個性に溢れた完成品が見られるプラモデルは幸せだなぁ、と思う。10月に発売されたPLAMAXのヴェルビンはPLAMAXのオーラバトラーシリーズ第二弾。ガンプラに代表される可動式色分け済みのロボットプラモとは真逆のベクトルを向いた、たった3色のプラスチックで形作られる固定ポーズのプラモデルである。

毒島孝牧氏の手による原型はまさに「造形美」という言葉が似つかわしい鬼気迫る出来栄え。ダイナミックに変化する大きな面、それとコントラストをなす精密なディテールは組む前から眺めて楽しく、それでいてエッジはどこまでもシャープだ。なにより誰がどう組んでも凛とした立ち姿が手に入ることがすばらしい。人型をした可動モデルをチカラの入ったポーズでカッコよく立たせるというのは、案外難しく鍛錬が必要なものだ。

美少女プラモはもちろん、ゴジラをはじめとする怪獣は今年のトレンドと言っていいほど各社の多彩なトライアルが見られたカテゴリだ。PLAMAXのサーバインやこのヴェルビンでも言えることだが、有機的な造形の魅力を損なうことなく分割し、硬質なプラスチックで作られた組み立てモデルに置き換えるというのは、プラモデル界における2020年代の大きな飛躍だと言っていい。プラモデルが有機的かつ複雑な造形であればあるほど、そして(これは逆説的なのだが)組み上げたときの色数が少なければ少ないほど、人はそれを塗りたいという衝動に駆られるものだ。

光を当てただけでそこに現れる陰影は、どこに明るい色を置き、どこに暗い色を塗り込むかを自然と誘導してくれる。筆がコースアウトするのを防ぐのに充分な深い彫刻は、自分が筆塗りの名人でなくとも明瞭な塗り分けを手助けすることを示してくれる。固定ポーズであるがゆえ、組み上がる瞬間まではほとんどの人が同じ舗装路を歩むはずだが、いざ筆をとって色を塗ろうとすればそこからは各々が色の森へと踏み込んで、自分だけの小径を切り開いていくことになる。

前作のサーバインではパーツ数を減らして立ち姿を確実に決めるという理由から体幹の各部をまたいだ骨格状のパーツが用意されていた。その代償として「ユニットごとに塗装してから組み上げる」という方法を取りづらいモデルになっていたが、今回のヴェルビンでは通常のロボットプラモと同じようにユニットごとに形状を組み上げて塗装し、最後にそれらを立ち姿として結合していくという手順を考慮した設計になっている。

体表の随所に見られる生物ともメカともつかぬ彫刻に誘われ、そして重層的なパーツの組み合わせで現れる意外な外観に惑わされ、パーツを切り離す手が止まらなくなる。おそらくヴェルビンというオーラバトラーを知らなくても、きっと誰もが同じ感覚を味わうはずだ。曲面同士の貼り合わせでも隙間やズレはいっさいなく、ただひたすらに気持ちよくカタチができあがっていく快感。

このプラモデルを手にし、ひとたびニッパーを入れれば「組んだままでもカッコいいのに、塗ったらどんなことになってしまうんだろうか」という誘惑から逃れられる者はいないのだろう。例えばスミ入れだけでも……いや、関節を暗い色で塗るだけでも。もしかしたら明るいハイライトをエッジに描いたらもっと……という想像が、造形の力によってどんどんドライブし、「塗らない」という選択肢はいつしか意識から消えてしまう。

プラスチックが見せる半光沢の肌から、明るいグレーの下地塗料によって覆われたマットな表面に変わるとディテールは硬質さを増し、塗りたいという思いは10倍にも100倍にもなる。もちろんせっかくプラスチックによって表現された色を始点に筆でタッチを入れてもいいのだが、色がリセットされることでもたらされる「何色にでも染められる」という錯覚が心地よい。

私がこのヴェルビンをどう塗ったのかについて、ここでそのレシピを書くことにはあまり意味がない。表面をターコイズに染める塗料で全体を覆い、塗料の振る舞いによって自然に現れる濃淡を潰さないように上から隠蔽力の低いグリーンを重ねる。撫でてもいい、叩いてもいい、乾いた筆をガサガサと擦ってもいい。

水性塗料を使おうが、ラッカー系塗料を使おうが、油絵の具を使おうが、自分の納得できる表情が出るならそこにルールはない。筆だって学童用の安価なネオセーブルからコリンスキーのキンキンに尖ったものまで、いま塗りたい面の広さやディテールの細かさに合わせてとっかえひっかえする。筆塗りのおもしろいところは、この「とっかえひっかえ」を繰り返して全体のピントが少しずつ合っていくような感覚にあると、改めて思う。

こんなにたくさんの人に塗られ、こんなにたくさんの個性に溢れた完成品が見られるプラモデルは幸せだ。間違いなくカッコイイ造形が約束されていて、そこに深い凹凸が刻み込まれている。ただそれだけで、人はどうしても筆を取ってしまうということ。そしてひとたび筆をとれば、否が応でもそこにタッチが現れ、その人が手を動かした痕跡となる。この奇妙で逃れがたい欲望と快楽に、あなたもぜひ身を浸してほしい。その途中でどんな道程を歩んだとしても、必ず美しい泉にたどり着き、あなたがずっと感じていた渇きを癒してくれるはずだ。