夏!!!ということでプラモデルメーカー各社から恐竜プラモの新発売・再販が続いています。モササウルス(恐竜ではありませんが)に続く水物として、バンダイスピリッツはプラノサウルスシリーズにスピノサウルスを送り込んできました。
スピノサウルスと言えばこれまでに完全な骨格は一切発見されておらず、しかも研究初期に知られていた2体の骨格(命名の基準となったものを含む)は第二次世界大戦で博物館もろとも破壊された曰くつき。近年では腰や後ろ足の化石も発見され、どうもかなり短足だったらしいことが判明、さらにほぼ完全な尻尾の化石も発見され、オール状の平たい尻尾の持ち主だったということで業界に衝撃を与えました。 一方で、命名の基準となった標本が現存していないという致命的な問題もあり、スピノサウルスの骨格全体がどのようなつくりだったのか、どう復元すべきかについて学界は激しい議論の真っ最中にあります。
そんな背景を知ってか知らずか、パッケージには「最新学説に基づいた造型!」という景気のよいフレーズが並んでいます。それもそのはず、「最新学説も諸説あります」を、パーツ選択式のコンパーチブルキットとして製品化してきたのです。
プラノサウルスシリーズでは(非売品のヴェロキラプトルを除けば)2体目となる肉食恐竜の本キットですが、第1弾のティラノサウルスとは体型から何から全くの別物です。全身骨格が未発見であり、復元についてはいまだ活発な議論が続いているとはいえ、スピノサウルスの骨格のおおよその作りには議論の余地がありません。「つくる。だから発見がある!」のキャッチコピーの通り、ティラノサウルスに背びれを生やせばスピノサウルスになるわけではないんだぜ?ということを身をもって知ることになるのです。
最新学説に基づく造形をうたっているだけあって、骨格の形状は2020年に出版された論文の図にかなり準拠しているようです。一方で、首の復元(頸椎をどの順番で並べるか)については別の意見が強く、本キットで示された復元とは異なるカタチの首として復元される機会が増えつつある現状です。 活発な議論は、スピノサウルスが世界中の古生物学者の注目を集めているなによりの証。そう、本キットもそれを組み立てているあなたも「恐竜学最前線」の真っただ中です。
筆者はかつてスピノサウルスの骨格の復元を二度試みたことがありますが、どちらも壮絶に体力を消耗するものでした。知恵熱すら出かけた覚えがあります。 翻って、本キットはこれまでのプラノサウルスシリーズと同様、サクサク組み上がります。その分の浮いたリソースで存分に骨格を撫で繰り回し、絶妙な色合いの成形色を存分に愛でるもよし、塗装レシピに悩むもよし、思い切って大改造しちゃうのもよし、なのです。
何度も書きましたが、スピノサウルスの完全な骨格は未発見。おおよその骨格の様子については学界でコンセンサスが得られているとはいえ、細部の復元を詰めているうちに全体形も割と変わっていたという話はよくあります。本キットは、ひょっとすると恐竜プラモデル界のF-19へと変貌するかもしれません。 このカタチのスピノサウルスは間違いなく今が旬です。地球史上最も温暖化の進んでいた時代に、今日の北アフリカで魚を獲って暮らしていた恐竜のプラモデル。うんざりするほど暑いこの夏の、とっておきなのです。
1994年生まれ。恐竜の化石から骨格図を描き起こしてごはんを食べています。著書に「ディノペディア Dinopedia: 恐竜好きのためのイラスト大百科」、「新・恐竜骨格図集」、イラスト展示制作に「恐竜博2023」、「ポケモン化石博物館」ほか多数。