

1970年代ごろまでの恐竜の復元画は見返り美人の多さで有名です[要出典]。見返っているわけではありませんが、そうした時代の血が濃いリドサウルスも後ろ姿が美人です。
さて、古生物学者にはふたつのタイプしか存在しません。怪獣が大好きな古生物学者と、別にそうでもない古生物学者です。筆者は後者のタイプなのですが(筆頭で書いた論文が1本しかないのに学者を名乗るのはよくない、という至極もっともな意見があります)、「恐竜」という生物のパブリックイメージがどのように広まっていったか、というところで怪獣の話は避けては通れません。

『ジュラシック・パーク』シリーズに登場する「恐竜をモチーフとしたキャラクター」のプラモデルを積極的にリリースしているエクスプラスですが、ハリーハウゼンによるストップモーションが有名な1953年の映画「原子怪獣現わる」の主役であるリドサウルスのプラモデルも、同じ「恐竜をモチーフとしたキャラクター」の商品と言ってしまってよいでしょう。劇中での立ち振る舞いは怪獣以外の何者でもありませんが、とはいえ設定では(架空の)恐竜の生き残りということになっています。

「原子怪獣現わる」の原作であるブラッドベリの1951年の短編『霧笛』(映画公開後にこのタイトルに改題されたそうな)に登場する恐竜は灯台の霧笛を仲間の声と勘違いして思慕を寄せる寂しがり屋ですが、こちらのリドサウルスは映画中盤でサクッと灯台を襲撃し、大した情緒もないままへし折ります。そんな灯台襲撃シーンは予告編でも取り上げられているわけですが、とはいえ一瞬のこと。ニューヨーク市街の襲撃シーンではなく灯台との絡みをキットとして切り出してくるあたり、原作(映画とは事実上まったくの別物です)をだいぶ意識しているのかもしれません。

レンガ造りと思しき灯台は繊細なディテールの塊ですが、それと比べてリドサウルスは(劇中通りの)大味なディテールで、それでいてやたら(劇中よりだいぶ)艶めかしい仕上がり。全身を覆う鱗は妙にデカく肉感的で、恐竜の復元画ではとっくに見られなくなった──むしろ、1890年代に描かれた恐竜の復元画の生き写しであるようです。

原作の挿絵をおおざっぱに参考としてデザインされたらしい「恐竜」リドサウルスに既知の恐竜との共通点を見出すことは難しく、「中の人不在」ならではのプロポーションはイグアナのような恐竜とは遠縁の爬虫類に近いものです。背中のトゲも明らかにイグアナのそれをモチーフとしていますが、一方で全身のテクスチャーはチャールズ・ナイトによって1897年に描かれた「跳躍するラエラプス」(バンダイスピリッツ製 イマジナリースケルトンシリーズのティラノサウルス骨格のポーズの元ネタ)に瓜二つ(なんなら原作の挿絵はなおのこと“ラエラプス”です)。この“ラエラプス”のテクスチャーは恐竜にもっとも近縁な爬虫類であるワニを参考としたもので、その後20世紀前半に恐竜の皮膚痕(皮膚のテクスチャーが残った化石)が続々と発見されたことで完全に否定された復元でもあります。

大恐慌そして第二次世界大戦の影響をもろに受けた1930年代~50年代は恐竜研究の暗黒時代と言われており、「キングコング」や「原子怪獣現わる」そして設定やビジュアルにだいぶリドサウルスの影響を受けたと思しき「ゴジラ」の人気とは裏腹に(あるいはそれゆえか)、恐竜のパブリックイメージが研究成果ともっとも乖離していた時代だったようです。リドサウルスのデザインは(プロポーションに比較的「恐竜らしさ」を留めた原作の挿絵のイメージを捨ててまで)イグアナに当時でも明らかに旧復元であった“ラエラプス”のガワを着せた、時代を象徴する「恐竜型怪獣」と言えるのでしょう。リドサウルスのプラモデルには、そんな時代の空気がいっぱいに詰まっています。

様々な現生爬虫類のいいとこ取り……といった趣のリドサウルスは、「ゴジラ以前」そして「中の人不在」の時代の恐竜型怪獣の究極形といえるもので、全身から漂う19世紀の香りは恐竜研究の暗黒時代を端的に示したものでもあります。灯台との絡みを切り取ったせいか、原作にしかなかったはずの哀愁をどこか背負った本キットで、昔の時代に思いを馳せてみるのもよさそうです。