僕らはライオンの大きさも色も知らない/海洋堂 ライオンのプラスチックモデル

 ライオンのプラモがあったら面白いのではないか。そういう考えがちゃんとカタチになった。とってもいいことだと思う。ライオンを見たことはあってもそれは柵の向こう側にいる「遠い存在」であって、こうして人と並べてみるとなるほどこんな肉食動物が同じ空間にいたら大層ヤバそうだなということが一撃で伝わってくる。

 幼少期を過ごした古いマンションのエントランスには白い大理石の壁があって、そこにブロンズのライオンの顔がはめ込まれていた。口から水が出て、下にあるバスタブのようなものに溜まって循環するというその装飾は、マンションのステイタスを示すための(つまり住環境にはいっさい寄与しない)いかにも昭和的な作り物だった。
 たてがみが別の部品になっていて、頬と顎ににだけ毛がモフモフとくっついているプラモの顔のパーツを見てハタと思い出したのは、あの装飾もそういえばたてがみが造形されていなかったな、ということだ。なんのこっちゃいと思うかもしれないけど、兵器のプラモではまずそんなことは思い出さない。ライオンというモチーフがプラモになっていて、それが分割されているからこそ開く記憶の扉というものがある。

 寝そべっているから胴体の半身が地面にべったりとくっつくようたいらになっているパーツを眺める。プラモはだいたい「青い自動車」「グレーの戦闘機」「ベージュの戦車」みたいなイメージが先にあって、そこにたどり着く旅路だ。どっこい、ライオンとはどんな色だっただろうか。小学生のときに用意されたクレヨンのなかから色を選んでライオンを書いていたときはオレンジと茶色を使ったような気もするけれど、そもそもライオンがどんな色をしているのか、真面目に考えたことがなかったことに気づく。ググる。なるほど、たてがみは濃い色で、体毛は光り輝く夕日のようだ。顎と目の周りだけが白いのも、『ライオン・キング』で確かに見ているはずなのに、覚えていなかった。

 手持ちの「ライオンらしい色」を適宜筆にとって、おそるおそる塗る。たぶん、このプラモを手にした10人が塗装をしたら、10人ともまったく違う雰囲気のライオンを作り出すだろうな、と感じる。スケールの近い自動車を横に置くと、ライオンの大きさが再度際立つ。みんな知っているのに、大きさも色も忘れているライオン。プラモになって、あなたならどうする?と問われたところで、僕らはもう一度ライオンのことを真剣に観察するのだ。

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からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。