絵だけじゃない。本当にあったプラモデル/MPCのコブラ・チョッパー

 朝早起きして、両親と連れ立って、デパートやおもちゃ屋の行列にプラモを求めて並ぶことなんてとても考えられない家庭に育った。理由はいろいろあるが、うちは貧乏だったのだ。

 僕の感性はだから、特価品コーナーにあるもので形づくられているのだ。選べるのは売れ残りの山からいつもたったひとつ。出自も由来もよくわからないゾッキ・プラモにはいつもきまって、「大好評!」とかなんとか書かれたやはりよくわからないシリーズ・ラインナップがカタログ代わりに描かれていて、そんなわずかな情報だけが、僕にとっては小さな窓からのぞき見ることができる世界のすべてだった。つらいと感じることはなく、よくわからない世界にただただときめいていて、いつかはこのよくわからない世界のすべてを手に入れたいと夢見ていた。

ホビコレ MPC 1/25 トリック トライク シリーズ コブラ・チョッパー

 おそらくは僕と同じそんな思いを今も大切にしているアメリカ人たちが、今ときめいているのがこのキットなのだった。1971年から73年にかけてMPCがリリースした1/25スケール・サイクル・シリーズ全6種。鳴り物入りとは決していえない、泡沫シリーズもののひとつだ。

 当時のリリースはそりゃもう簡素なもので、白箱に完成図のイラスト、シリーズ・タイトルと商品名がデザインもへったくれもない感じで割りつけてあり、箱の横には同じシリーズの別アイテムが小さくぎゅうぎゅうに描かれていた。泣いても笑っても全6種。「これがダメだったら次いこう次」とはどこにも書かれていなかったが、はなからそう書いてあるも同然だった。

 あまり数が作られた気配もなく、完成したと誰かが自慢するのを見たこともなく、中古屋に出まわるときにはたいていシュリンクのかかったデッドストックで、値段は極端に安いか高いかのどっちかだった。安値で叩き売るのはふつうの商売人、高値をふっかけるのはこのシリーズに幼少期をさんざんくすぐられ、人気コンテンツに背を向けて小さな窓からよくわからない世界をのぞき見ることに夢中になってしまった元少年だろう。

 白状すると、コブラ・チョッパーだけは実在しないプラモデルだと思っていた。

 このキットをこれまで一度も見たことがなかった。同シリーズの箱の横にだけ存在する、予告という名の「絵に描いたヘビ」だと思っていた。それが登場から半世紀もたって、こうして再販されて目の前にある。トリック・トライク・シリーズ、全6種。コブラの彫刻や棺桶型フューエルタンク、タイヤのスネークスキン・トレッドにはたしかに時代がかった味な雰囲気があり、そうかと思えばフレームやホンダ風750ccエンジンにはシャープな切れ味があり、これは再販にあわせて製造された精巧なリプロダクト品なのではないかという気もしてくる。これは夢か?

 生まれて初めてありついたシマアジの刺身を思い出すキットだ。「天然と養殖ではまるで違うんだ」と玄人はいうが、それを聞きながら僕ががっついていた刺身はただただ旨くて、出自だの由来だのは正直どうだってよかった。

 出自も由来もどうだっていいのだ。そこに確かな出来と自由がありさえすれば。

ホビコレ MPC 1/25 トリック トライク シリーズ コブラ・チョッパー

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bantowblog

1972年生まれ。元トライスタージャパン/オリオンモデルズ、旧ビーバーコーポレーション勤務を経て、今はアメリカンカープラモの深淵にどっぷり。毎週土曜22時から「バントウスペース」をホスト中。