小さな頃に憧れたマシンを取り返す日。/エレール ポルシェ962C

 歳をとるにつれ、子供時代の記憶がどんどん重たい意味を帯びていくことがある。たとえばそれがオレにとってのポルシェ962Cであり、決して人気のあるわけではない赤×黒のKENWOODカラーのマシンだった。父親が仕事の関係で貰ってきたノベルティのトミカは、生まれて始めて見た「特注品」だった。小さいながらにその特別感はずっしりと手に重く、車体後半部をパキンと外すと現れるクロームメッキのエンジンは密かな宝物だった。

 仏エレールの1/43モデルは、どこかで手にして以来ずっと棚にしまってあった。精密でパーツ数の多い模型ではなく、まるでトミカのように簡素なパーツ構成で、いざ組み始めればあっという間に完成しそうな佇まいに惹かれた。説明書は硬く厚い紙に4色刷りのペラ1枚。たった6工程で出来上がってしまうシンプルな構成なのだが、心のど真ん中に居座る不安はズバリ、ボディの塗装だった。

 子供心に夢中になった赤×黒のKENWOODカラーを、なんのガイドもなく自力で塗り分けてみなよと無言で語りかけてくるフランスの模型メーカーのスタッフが確実にそこにいる。この指示のせいで、作り始める決心はつかなかったし、どうすればこのキレイな曲線をマスキングできるのか、あるいはいっそフリーハンドで筆塗りしたほうが「味わい」みたいなものになるのか、今日までさっぱり分からなかった。ボディの赤を活かそうか、それとも……。

 タイヤとホイールをエイヤと嵌めて、じっと眺める。うん、これなら赤いプラスチックの色をそのままに、黒くしたいところだけを残して細切りのマスキングテープをピュッと貼れば、なんとかKENWOODカラーの962Cに見えるものができるだろう、と決心できた。次に作るクルマ模型は、これにしよう。あのときのミニカーがいまも家のどこかにあるのか、それとも度重なる引っ越しで失われてしまったかは定かじゃない。でも、あのとき憧れたクルマを、たぶん近いうちにもう一度手にすることができそうだ。大人になるって、そういうことなんだろう。

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からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。