

こんなに骨格の美しい架空のロボットは、ファイブスター物語に登場するモーターヘッドを置いて他にないでしょう(ハイアジ調べ)。ただ単に線を増やして情報量を増やしたのではなく、意思を持ったデザインの力を感じます。そしてこれらは外装を組み立て、接着してしまうと見えなくなってしまうのです……。なんてもどかしいのだろう。しかし、装甲を纏った凛々しい姿を見たいのも確か。この”途中”の美しさを噛み締めて、組み立てていくことにしました。

最終的に見えなくなってしまう骨格だけれど、ゴールドのスプレーでしっかり塗装しておいてよかった。様々な「面」で構成された腕の骨格は、コントラストの強く出る金属色と相性抜群。モーターヘッドは面白いことに、フェイス(顔)が固定で動かないという設定があるのですが、それとは反対に複雑な機構でよく動く腕や、細く尖った動きのある指のパーツはとても雄弁。なめらかなヘッドの装甲と、ゴツゴツな骨格の対比も楽しめます。

ガバッとした大きなスカート型の装甲と、メカニカルなピンヒール型脚部の対比に見惚れてしまう。情報量の緩急がついていて、完成した姿よりもカッコいい可能性があるのではないだろうか。いやしかし、組み立てを進めてみたらもっとカッコ良くなるかもしれない。どうなってしまうんだろう。嬉しいジレンマだ。

ああ、バキバキな骨格がスラっとした脚線美に生まれ変わっていく。骨格のラインも捨てがたいが、こちらも美しい。接着が必要な箇所のため、もう後戻りはできない。
しかし、これでよいのです。前に進むことにします。流れていく景色を楽しむドライブのような、満腹になるまでの過程を楽しむディナーのような、そんな時間が流れます。

プラモデル製作の工程がすべて完了。まぎれもなく「完成」です。目的地には見たことの無い絶景が広がっていました。満腹です。
しかし今思うと、この最後の瞬間だけが「完成」では無かったのかもしれません。私見ですが、完成とは現時点で持ちうる技量と気力(脱力しているときもある)によって、そのものの美しさが最大効率に達したときの状態だと思っています。
その考えをもうちょっと時間軸に縛らないで拡張するならば、組み立て途中の骨格むきだし状態が最も美しいと思った時に、そこで完成としてもよかったかもしれません。また、ランナーにゴールドのスプレーを吹いただけの状態が最も無垢で輝いていたので、そこで完成でもよかったのかもしれません。
今回組み立てたKOG-ATは、そんな沢山の「完成」を経て、最初から最後の工程まで、それぞれ違うベクトルで、最も美しかったのです。ちょっと言葉遊びのようですが、言い換えればプラモデルは開封してから組み立てや塗装をしている間、「ずっと完成し続けていた」と言えるのではないでしょうか。作成中のどの時点でも、かけがえの無い完成した瞬間だったんです。

ボークスのKOG-ATは、そんなことを考えさせられてしまうほど、とても良いキットだったなと思いました。また、こんなプラモデルに巡り合いたいですね。