
「模型のメディア論」の著者 松井広志さんに聞くプラモのお話。第4回目はカルチャーとしてのプラモについてです。
■「権威への異議申し立て」から「マニアックな文化で遊んでいく」というニュアンスへと変化しつつあるサブカルチャー
皆さんには、プラモ以外にも楽しんでいる趣味があると思います。例えば、読書、ゲーム、お酒、旅行、楽器演奏、スポーツ、これら「プラモ以外の趣味」と比較としたとき、プラモにはどんな特徴があるのでしょうか? 私たちが大好きなプラモと他の趣味を比べ、同じ部分と違う部分を考えてみる事で、プラモの独自性が見えてくるはずです。とくにその提供方法や消費のされ方に絞って考えてみました。
まいど! プラモはいわゆるサブカルチャーに分類されることが多いのですが、まずはポップカルチャー、サブカルチャー、ハイカルチャーなど、〇〇カルチャーという言葉の定義をお聞かせください。

松井 まず、「ハイカルチャー(高級文化)」から説明するのが分かりやすいかもしれません。クラシック音楽や絵画、演劇といった、いわゆる伝統的な「文化」と言われるもので、社会的に権威づけられた活動です。
一方、「ポピュラーカルチャー」は、かつては大衆文化と訳されることが多かったのですが、今日ではそのままカタカナで「ポピュラーカルチャー(あるいはポップカルチャー)」と呼ぶことが一般的です。ハイカルチャーのような伝統や権威づけのない、文字通り、多くの人に人気のある(=ポピュラーな/親しまれている)文化です。
また、サブカルチャーですが、サブウェイの「サブ」なので、直訳すると下位文化になります。欧米の文脈でサブカルチャーは「抵抗」というキーワードとともにあります。ヒップホップが典型的な例ですが、アンダークラスの人々によって、社会的に価値があると見なされなかったけれど自分たちが日常的に行ってきた活動でもって、文化的な権威に対して意義を申し立てが行われてきました。ただし、日本ではこうしたサブカルチャーの含意はあまり導入されず、日本語の短縮語で「サブカル」といった場合は、抵抗というより「マニアックな文化で遊んでいく」というニュアンスが強くなりました(もちろん、欧米のサブカルチャーと日本のサブカルのどちらがよいという話ではありません)。


■プラモの独自性は、サブカルチャーとポップカルチャーの間に存在していることにある!
松井 とはいえ、近年では、すべてを「データ」や「コンテンツ」として平準化してしまうインターネット化・デジタル化もあって、かつてのような文化の上位/下位の区別が崩れつつあるとは言われています。
まいど! この分類ですと、プラモは一般的にサブカルチャーとして扱われる事が多いと思います。他のサブカルチャーと比較した場合特に提供のされかた、消費のされかたの特徴をどう考えておられますか?
松井 これは難しい質問です。すべて違うと言ってしまえばすべて違うのですが、プラモは確かにサブカルチャーの側面を持っています。しかし、より仔細に見ていくと、プラモはいわゆるサブカルチャーとポップカルチャーの間に存在していると思います。プラモの独自性は、まさにその中間にあるということだと思っています。プラモは今ではヨドバシカメラなどの家電量販店でも販売され、かなりポップな面もあります。しかし、例えば私の勤務する愛知淑徳大学の女子学生だと「プラモを作ったことがない」という人も多いですから、ポップになりきれていないとも言えます。マニアックすぎもしないし、誰でもやっているようなポップカルチャーというわけでもありません。
プラモの消費は、戦後のある時期に急激にポピュラー化しました。1960年代から1980年代には、今では考えられないくらい模型店が数多くありまし た。クラフト系、つまり「何かを創作する」という活動を伴うカルチャーの中では、手を入れられる部分が多い割に、加工が比較的容易という特性がプラモがここまでメジャーな存在になったことと関係していると思います。他の創作の趣味、例えば音楽では「聴く人」は非常に多いですが、ギター演奏など「自分で楽器を演奏する人」となるとかなり少なくなりますよね。

■戦前の「模型製作」は楽器を習得するのと同じくらい難しかった?
まいど! プラモと音楽を比べると、「製作する」というのは「演奏する」に相当します。演奏の基本となる「楽譜に書いてある音を出すだけ」でも専門的な知識と技術を必要としますし、それ以前に楽譜を読む必要があります。例えばギターやウクレレだったら、ドの音なら左手でここを押さえて対応する弦を弾くというのを知らないと演奏できません。これはプラモの製作よりも大変難しい印象になります。
さらにバイオリンやトランペットやフルートなどになると、単純に音を出すだけでも難しい楽器です。楽器演奏と比較すると、プラモのベーシックな部分においてはそこまでの知識や技術を必要としないように感じます。

松井 じつは模型でも、戦前の模型、特に木製模型の場合はギター演奏に匹敵するほど難易度が高かったのです。まず作りたいものの図面を描き、ノコギリで材料を切ることになります。『模型のメディア論』でも触れましたが、模型製作者は「モデラー」というより「エンジニヤ」だったのです。戦前の模型と比べると、プラモは圧倒的に親しみやすくなり、ポピュラー化しました。切る、貼る、塗るといった作業にしても、プラスチックという素材を使う事でより親しみやすくなったのです。プラモを能動的な「創る」系のカルチャーとして見た時には、他のジャンルよりもハードルが低いように感じます。

■おわりに
「プラモはサブカルチャーである」というのは漠然と理解していたのですが、確かにポップカルチャー的な大衆性を持ちつつ、サブカルチャー的なマニアックさも併せ持っているように思いました。現代ではプラモそのものの精度向上などによって組みやすさは更に向上していますから、もう少し大衆的な人気が出ても良さそうです。次回はそうなっていない理由や、大衆的な人気を獲得するための改善案について伺ってみましょう。