
箱からゴロンとボディが出てきて「もう半分できたようなもんだな」と思わせてくれるのが、カーモデル(とくに乗用車の模型)というジャンルのひとつの美点です。さらにマスキングの技法や高性能な塗料も豊富になり、モデリングにおける「攻略法」はいくらでも可視化されていて、いまはどんなクルマでも完成への道筋についてある程度イージーで確実な方法(あるいはキットの優しさを活かしたショートカットの方法)を考えられる時代。しかし、ハセガワ新作のZ20ソアラは攻略という概念をいっさい受け付けません。このクルマは、そもそものスタイリングもディテーリングも「手間の集合体」として成立しています。これは「世界にひとつ、日本にソアラ」を名乗るために、デザイン段階から製造工程のひとつひとつに執拗な作業量を盛り付けていた時代の産物についてのお話。

注目すべきは灯火類とモールのために用意された異常な量のクリアーパーツ。ヘッドライトはリフレクターの上に多層構造のレンズ、サイドモールは透明樹脂とその奥にある光の反射で成立する光学的な造形物、リアコンビは細長いストップランプとウインカーが車体のサイドにまで回り込み、それぞれクロームの帯で区切られています。要するに、1986年にデビューした2代目ソアラ(Z20型)の「光り物」は素材の層の積み重ねで実現されたものばかりなのです。
ハセガワはそれを実物に忠実に再現するため、寄木細工のようなパーツ構成を採用しました。パーツ数が少なけりゃ嬉しいというユーザーの怠惰にいっさいの忖度をせず、切って、塗って、貼って、また切って、さらに塗って貼るという工程をあえて課すことにしたのです。そしてZ20ソアラの完璧な模型を作るにおいてはその工程が正しく、それ以外のやり方ではアカンのだということを私たちに叩きつけてきます。

これまでZ20ソアラのプラモデルというのは要するに「はい、ソアラのカタチをゴロンと大きなパーツにしておいたので、あとはあなたの根性で塗り分けてください」という種類のものばかりでした。モールもライトも車体上下のツートンも気合のマスキングでどうにかするほかなく(しかもツートンになっていないと全然ソアラっぽくないのがまたヤバい!)、ソアラ特有の透過/反射を多用した質感は諦めるか、なんなら「模型がそうなっていないから」という理由でモデラーには知覚すらされていなかったのかもしれません。
すなわち、今回のハセガワの新金型がやっていることは単なる「ディテールの細密化/高解像度化」ではなく、光の反射、モールの段差、素材の層の重なり──つまりソアラというクルマが本来もっている多層構造を塗装でごまかさずに、プラスチックそのものの物性で成立させてしまうためのチャレンジ。つまり、ソアラのデザインの構造を最初からパーツにするという野心的な試みなのです。

セミグロスブラックとボディカラーを用意してざっくり塗り分けてバコバコバコーンと組めばハイ完成……とはいきません。この模型、はっきり言って面倒です。間違いなく面倒だし、組んでいる手はずっと細かい作業を要求され続けます。しかし面倒だというのは「難度が異様に高い」という悪口ではなく、単に工数がやたらと多いということに尽きます。バブル絶頂期の日本にあった「高級車かくあるべし」という価値観は、光の情報を複雑にするために、素材を重ね、段差を消し、別の素材をさらに上に乗せるといったハチャメチャな手間を許容していました。合理的かどうかはさておき、手間とコストをかけたぶんだけ説得力がある。そういう時代の「高級」がどういう思想で成立していたかを、このキットは強制的に理解させてくれるわけです。すなわち、「工数の多さ」こそがZ20ソアラが纏うスタイリングとディテーリングの本質なのであります。

そして驚かされるのが、これほど複雑なパーツ構成を、現代のCAD/CAM技術によって当たり前のように成立されていることです。Z20の外板は、プラモデルでの再現が難しい車体の不連続面を極力なくしたフラッシュサーフェスの先駆的な例。しかし本作はそれが破綻してしまわないよう塗料や接着剤の厚みや組み付けのわずかな歪みに耐えられるだけのクリアランスがパーツの寸法に反映されています。寸法的な正確さを徹底的に求めた「ゼロゼロのハメ合わせ」を求めるのではなく、実作時に起こりうることを想定した隙間と余白にあなたは何度も驚かされるはずです。スパスパ組めるからこそ気づきにくいものですが、これは相当高度なおもてなしです。

ここまで組んでいくと、だんだん気づき始めます。これは「Z20ソアラのプラモデル」ではなく、バブル時代の「高級車かくあるべし」という異常な設計思想をそのまま縮めて手に乗せる、あるいは自分もその製造者となって体感するキットなのだと。コストカットや生産合理性に背中を向けてひたむきに走っていた日本の自動車メーカーが、エッジ処理、素材選択、段差の低減、光の反射の演出、塗り分けといったあらゆる手段で「高級さ」を演出していた時代があって、これをハセガワの新キットが忠実に拾い上げ、当時の価値観そのものがパーツに化けていることが面白くなってくるわけです。

完成に至るまでの工数は少なくありません(上の写真だって完成してないしな!)。しかし、その手間の量こそが、ソアラというクルマの姿そのものなのです。21世紀のクルマの模型を作っているとなかなか出会わないような思想がここには凝縮され、存在しています。モデルアップされたのは3.0GT-リミテッドの後期型(1989年発売)のエアサス仕様ですが、模型を通じてその時代の空気に触れるという体験が本キットのコアだと言っていいでしょう。簡単気軽に誰でもリアルなソアラができるとは申しません。むしろ「バブル期のクルマの正しい模型」というものに実直に向き合うと、勢いここまで凝った作りになってしまうという狂おしい必然性がここにはあるのです。