

「神のカードの存在」という存在が明らかになったとき、ジャンプで『遊戯王』を読んでいた当時にとても驚いたことを思い出します。長らく単体のカードとしての強さもかっこよさも青眼の白龍(ブルーアイズホワイトドラゴン)がナンバーワンだったから。
3枚存在する神のカードのうち、オベリスクの巨神兵が圧倒的攻撃力で少年時代の私を驚かせたとしたら、オシリスの天空龍は主人公の武藤遊戯の相棒。そして、残るラーの翼神竜は丸い球体になることや、テキストは普通の人が読めないことといった謎に包まれた存在であるという印象が強い。それに加えて、遊戯王がほんのりとまとっていた、古代エジプトのムードを色濃く表す存在だったなぁと、今にしては思います。
『遊戯王』が本当にすごかったのはカードゲームにおいて対戦中にカードのモンスターや魔法が実態化すること。これによる視覚的インパクトはあまりにも鮮烈でした。カードゲームが漫画として成立していることにみるみる引き込まれ、そしてそのゲームを実際に遊びたいと思わせるには十分すぎるほどにかっこいです。原作をパラパラと読み返すと子供時代に非常に洗練されていたものを読んでいたのだなと気づかされます。

さて、バンダイから発売されたラーの翼神竜のプラモデルですが、プラスチックの色が金色だとか、下の色の紫がいい感じに色分けされているという製品としての良さは存分にあります。これは本当に素晴らしいことです。
しかし、私が本当に感心したのはその大きさです。深夜に帰宅して、ドアの前に置き配で置かれていたダンボールがとにかくでかい。大量の荷物を持っていると動かすのもちょっと面倒なくらい。ただ、このデカさはラーの翼神竜において本当に大事だと思いました。だって、私が遊戯王を読んでいた頃は手のひらに収まるカードからとてつもなく大きなモンスターが現れて、今か今かと相手を仕留めようとしていたのだから。

完成すると翼を広げた神は40センチの翼幅になるそうで、翼を作るパーツからも限りなくでかいことが想像できます。実物のサイズが設定されておらず、漫画の中でもカードから現れる何か……という存在を、読者の感動に近しい形でプラモデルとして立体化するにはこれくらい大きい方がいいという判断があったのでしょう。それにしてもこのデカさに「神だ!」と思えるのは本当に最高です。