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射ち出される古生物学の未来/福井県立恐竜博物館の射出成型レプリカ

 今夏リニューアルした福井県立恐竜博物館にようやく行けました。追加された展示とあわせて楽しみにしていたのが事前予約制の「化石研究体験」。観光施設としてすっかり有名になった福井県立恐竜博物館ですが、非常に先進的な研究機関でもあり、その一端を味わえるのです。

探検!恐竜ミュージアムの舞台裏 ~福井県立恐竜博物館~(NHKオンデマンド)

 「化石研究体験」では肉食恐竜の歯化石のレプリカをクリーニング(化石の周囲にある母岩を取り除くこと)し、それをおみやげとして持ち帰ることができます。レプリカの基になった化石は博物館の近くで発掘され、実際に所蔵されているもの。そんな標本のレプリカを、クリーニング体験とセットでモノにできるという凄まじい贅沢です。

 さて、化石の研究はクリーニングが終わってからが本番です。人工母岩の残りも一緒にもらえるので、家に着いたらまずは化石周囲の堆積物の観察と洒落込みます。

▲福井の恐竜化石は母岩の凶悪な硬さでも有名です。人工母岩はそれほど硬くないとはいえ、やはりやっかいな相手でした。

 母岩の次は標本そのものの観察に移ります。レプリカには化石の繊細なディテールがよく写し取られており、歯の縁を走る鋸歯(ギザギザ)やエナメル質表面の波打ち、基になった化石に生じたクラックとその補修痕まで見て取ることができます。また、化石本来のディテールとは別に、レプリカを生産する際に生じたウェルドラインらしきものもかすかに見えます。ウェルドラインというのは……プラスチックは冷え固まる過程でできるウネウネとした紋様です。

 反対側の面も観察します。化石の補修痕の上に「FPDM」(福井県立恐竜博物館の略号)の文字が刻まれており、その下には湯口かなにかを工具で切断した跡、そのすぐ上には円形のわずかな凹凸があります。これはプラモデルの部品の裏側でよく見る押し出しピンの跡です。筆者はこれに気付いて思わず声を上げました。

 工具で切断された形跡は、ゲート跡(パーツの湯口をカットした痕跡)で間違いありません。ウェルドラインもできるはずです。福井県立恐竜博物館の化石研究体験で配布されている恐竜の歯化石のレプリカは、極めて珍しい「射出成型されたもの」だったのですから。

 化石のレプリカは様々な目的で量産されますが、販売用でも数千個単位で生産されることは稀で、レジンキャストキット(無発泡ウレタンをシリコン型に注いで複製する小ロット生産の模型)と同様の手法での少量生産が一般的です。「化石研究体験」は連日大盛況らしく、リニューアルオープンしてからの4ヶ月半で5、6000個はレプリカが配布された計算になります。これほど大量のレプリカを短期間で生産・配布することは、古生物学の歴史が始まって以来初めてのはずです。

 「化石研究体験」は、学生時代に化石と寝食を共にしていた筆者ですらそのハードコアぶりにうろたえるものでした。しかし、本物の研究施設での本物顔負けの体験は素晴らしいものです。研究者としてこの場所に戻ってくる子どもたちは、一人二人には留まらないことでしょう。そんな古生物学の未来を紡ぐ「化石研究体験」を支えているのが、射出成形で大量生産が可能になった化石レプリカなのです。

 リニューアルされたミュージアムショップには、バンダイの「プラノサウルス」やタミヤの「恐竜世界シリーズ」がたくさん並んでいました。前者は生きていた時の姿形を復元する「生体復元」、後者は恐竜とそれを取り巻く環境全体を復元する「生態復元」のプロセスをプラモデル化したもの。本物の興奮冷めやらぬうちに、今度はプラモデルを通じて「研究体験」ができるわけです。

 研究・教育用のレプリカや、展示用の復元骨格やジオラマ、アニマトロニクスと、古生物学は模型と密接な関係にある学問です。古生物学の隅っこに居着いた人間として、いちプラモデルファンとして、射出成型された模型の生み出す古生物学の未来に大きな期待を寄せています。

G.Masukawa a.k.a.らえらぷすのプロフィール

G.Masukawa a.k.a.らえらぷす

1994年生まれ。恐竜の化石から骨格図を描き起こしてごはんを食べています。著書に「ディノペディア Dinopedia: 恐竜好きのためのイラスト大百科」、「新・恐竜骨格図集」、イラスト展示制作に「恐竜博2023」、「ポケモン化石博物館」ほか多数。

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