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この世に「プラモデルツーリズム」があったなら/四万十海洋堂ホビー館

 高知といえばはりまや橋。橋といえば……沈下橋というのをいちどは見てみたいな。子連れで高知、大自然……なんもわからん。そこで海洋堂の宮脇センムに連絡を入れて、オススメの沈下橋はどこですかと尋ねると「上宮沈下橋なんかがいいでしょうね」と返事があり、つまりそれは四万十海洋堂ホビー館からほど近いところにあるのだった。罠である。

 やっとこたどり着いた川の流れは例えばテレビで見るような絶景ではなく、「ふうん、まあキレイだな」という印象だったが、幅員いっぱいのレンタカーでハンドル操作を誤れば即落下のスリルを味わうのには充分だった。あと、四万十、めちゃくちゃ遠い。インターネットは北海道の大きさばかりでなく、高知もめちゃくちゃ横に長いというのを画像でコスったほうがいい。

 そこから10分ほど山道を登ったところに海洋堂ホビー館がある。四万十の山の中にホビーというのもだいぶ似合わないと思ったが、廃校をリノベーションした建物はだいぶ豪勢でまず驚く。館内には海洋堂の歴史とセンムの私物がごった煮になって、しかしうまいこと編集された状態で展示されている。

 おもちゃ収集にハマる経営者が勢い余ってミュージアムを作ってしまう……というのはこれまでにいくつか見たことがあり、「集めること買うこと自体がおもしろくて、一個一個の価値とか関連性には全然興味がないんだろうな」というパターンに陥ることもしばしばだ。しかし、海洋堂の館長(センムのお父さん)とセンムはやはりホビー狂である。ひとつひとつの収蔵品から「ドヤ!」が滲み出している。

 完成品フィギュアとか食玩のイメージが色濃い海洋堂だけど、そもそもホビーショップに端を発しているから、彼らはどうすればプラモデルが売れるかを考え、ありとあらゆる方法を試した。ニッパーなどという専用工具がひょいひょい手に入らなかった頃にニッパーを売って「これで模型がうまいこと作れまっせ」、エアブラシがひょいひょい手に入らなかった頃にスプレエースという手押しの噴霧器を開発して「これで帆船模型でもなんでもまるっと金属色に塗っちゃいましょう」とやっていたのだ。いまから50年前に、商材としてプラモデルを売るだけでなく、「どう作るか」「作ったあとどう遊ぶか」まで、ツールやマテリアルや自費出版の冊子でフォローしていたのだ。

 広い体育館に収められたフィギュアの数々はまあ、その歴史を知っている人にとってだいぶノスタルジックに映るものだろうし(かく言う私も子供を抱きながら「おお、この完成品は初めて見たぞ」などとやっていたし、海洋堂の歴史を微塵も知らない妻も「わあ、こんなものがあったのか」とバシャバシャ写真を撮っていた)、古き良き時代のプラモデルが展示されているのも、たとえばセンムが中古模型店で買ってきた値札がそのまま貼り付いているものまで含めて興味深くはある。しかし、館内をウロウロしていて「そう来たか!」と思ったのはちょっと違うポイントにあった。

 タミヤの1/48 F-35Aが、無塗装で裏返しになってガラスケースに入っている。世の中の常識的には組み上がってきれいに塗装したものをババンと置いて「こんなによくできた模型なんですよ」とか「こんなに上手に作れましたよ」みたいなことをプレゼンテーションするのが”模型の展示”だけど、これは「着陸脚の収納庫とか爆弾槽の中の彫刻がヤバいんで見ていってくださいね」というセンムのメッセージである。

 ボーダーモデルの1/32ランカスターの主翼だって、ランナーからパーツを切り離しもせず、しかし表面の凸凹がよく見える照明の位置で縦に飾ってある。パーツの陰影の向こう側からセンムの「どうや〜このボコボコが〜すごいやろ〜お前さんも作りたいやろ〜」という声が聞こえてくる。

 この他にも海洋堂製品のランナーとか、中古で買ってきた古今東西の飛行機模型のランナーがもう壁一面にガーッと貼り付けてあって、だいぶ盛り上がる。誰かが作ったプラモデルは「誰かのもの」だが、組まれていないプラモデルは「自分のものでもあり得る」ということがビシバシと伝わってくるのであり、これはつまり私が常々完成品の写真よりもランナーの写真でもってプラモデルの魅力を伝えようとしているのと同じなのだなぁと勝手にシンパシーを抱く次第である。

 結局のところウチの息子はフィギュアやプラモが充満したガチャガチャした空間に怯えっぱなしで、そのへんの草や木の手触りや、あとオマケでお土産にもらったカラのカプセルに夢中。当然四万十の記憶だって残らないだろう。でも、いつかいきなりその手でニッパーを握り、私のよく知らないプラモデルを勝手に組んだりするのだろうと無責任に期待をかける。そのときに「キミ、まだ物心がついてないときに日本でいちばんオモロいプラモデルの展示空間を見に行ったんだぜ」という話をしたい。旅行の先に、プラモデルはさまざまなカタチをして潜んでいる。四万十に行った際には、ぜひ海洋堂ホビー館へ。

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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