超巨大、超高額。飛行機のプラモデルがたどり着いた頂点「1/32のランカスター」を眺める話。

 でっかい飛行機を、でっかいプラモで作りたい。大きいと迫力があるし、情報量がたくさん詰め込める。

 大の飛行機好きであるピーター・ジャクソンが立ち上げたプラモデルメーカー、ウイングナットウイングスが開発を進めていたイギリスの爆撃機、1/32 ランカスターはその夢のひとつの到達点だった。紆余曲折あって中国のボーダーモデルというメーカーがバトンを受け取り、とうとう世界のモデラーに向けて送り出した。

 定価税込み12万3200円。完成時全長660mm、全幅じつに970mmというモンスターキットが我が家にも届いた。箱を開けるとそこはまさに桃源郷。あらゆるところが異次元のこのプラモを、今日はみんなとシェアしたい。

 もっとも大きいパーツは胴体後半部。真ん中のはDVD(12cmディスク)だが、いくらなんでも大きすぎるだろう。しかし大きいプラモを買って「大きい!」と叫んでいてもしょうがない。これから登る山の大きさが見えるのは最初だけ。歩を進めるうちに山頂は見えなくなり、登山道の小石や草花へと視界は移っていく。

 上の完成見本写真はボーダーモデルfbページより拝借した。つくづく、デカい模型は損だ。なぜならこうして組み立てられ、うまく塗装され、写真に収まってしまえばサイズなど伝わらない。逆に言えば、「デカい模型のデカさ」は、手に入れた人だけが味わうことのできる体験なのだと思う。

▲主翼の外側だけで巨大なトマホークステーキほどの大きさがある。

 ここまでの写真で薄々気づいていた人も多いかもしれない。このプラモは機体表面の外板が凸凹している様子を表現している。外板を機体内部の桁に留めているリベットは凸。ほとんどの飛行機模型がのっぺりとした(図面的に正しい)アウトラインを再現しているのに対して、このランカスターの実在感はちょっと異次元に見える。

 細部だって抜かりない。というか、そもそも飛行機というのはシンプルで美しいシルエットのなかにごちゃごちゃとしたメカが詰まっているものだから、微細なディテールでユーザーを引きつけようとすれば機体内部の構造を徹底的に再現することになる。

 とはいえ、オレがこの模型をいいなと思うのは「計器盤をむやみやたらと多層構造にする」とか「レバーやスイッチの類もひとつひとつパーツにする」みたいな方向で細密化を図っていないところだ。

 さっき「再現」と書いたけど、実物どおりにしようと思ったら実物と同じだけのパーツを用意して、ユーザーに組ませればいいのだ。しかしそれではいつまで経っても完成しないだろうし、そもそも縮小模型には太さや薄さの限界がある。

 内壁に取り付けられた機器類や配線は、極力一体にしようという努力が見える。配線も整然と機械的に並べられているのではなく、ごちゃごちゃと、ファジーに、まちまちな太さで壁面を縦横無尽に這っている。

 「実物が電線なのだから、模型でも電線を入れましたのでご自身で配線してください」と突き放すこともできるけど、配線の風情まで彫刻してやろう、というのは「再現」であると同時に、「表現」のファクターも大きい。

 こうした「表現」はシートベルトにも現れている。椅子にクシャクシャっとしたシートベルトが一体で彫刻されているのを見ると、本当に惚れ惚れする。「椅子とシートベルトに見える素材を用意しておいたから、あとは自分でなんとかしてください」という模型もたくさんあるけれど、それとは違う表現もできるよ……と語りかけられているようだ。

▲もちろん、一体にして肝心なところが省略されては困る……という部分はしっかりとパーツが用意されている。

 スピットファイアの心臓、マーリンエンジンを4つも持つランカスター。1/32スケールともなると、その再現度は半端なものではない。本キットはMk.IというタイプとMk.IIIというタイプを選択して組み立てられるようになっており、双方に対応したエンジンの違いまでフォローしている。

 同じランナーが4枚入っていて、目を疑うようなディテールが延々と入っているのを眺めていられる。ここだけでちょっとしたプラモデルをひとつ組むのと同じくらいの充足感があるはずだ。シリンダーヘッドに彫刻された配線や排気管のシャープな佇まいに、再度惚れ惚れする。

 胴体を前後に走るフレームは恐るべき繊細さで顎が外れそうになる。巨大な構造物に微細な彫刻、細くうねる配線。これを金型の中でうまくプラスチックを回して成形するだけでも気の遠くなるような調整が必要だろう。そんなパーツが全28枚のランナーに無数に配置されているのだ。

 ふたたびボーダーモデルのfbページよりCG画像を拝借した。恐ろしいのは(当たり前だが)ここまで見てきた微細なパーツ類の殆どが、完成後は見えなくなってしまうことだ。

 プラモではよくあることだけど、「自分だけが中身を知っていればいい」とも言えるし、「だったら中身なんか作らなくていい」という人もいるだろうし、この画像のように「外板を貼らずにカットモデル状に見せればいいのではないか」と考える人もいるだろう。

 多様な完成像を実現するため、ウイングナットウイングスの設計マンはこのプラモに大量の選択肢を用意していたようだ。例えば上のパーツは「エンジンを組まずに外形だけを楽しみたい人のためのダミーユニット」である。説明書でも一応触れられているが、パーツを眺めているとこうした選択肢が大量にあることに気がつく。

 例えば風防。左の「フレームのみ」もあれば、右の「ガラス入り」のクリアーパーツも同梱されている。こんなわかりやすい部分だけではなく、機体ごとに見られる細かな差異に対応したパーツがいくつもあるのだが、説明書では「何をどう選択すればいいか」は部分的にしか触れられていない。

 このプラモの弱点はまさにそこで、「ウイングナットウイングスが設計し、金型に着手していたプラモ」(当然説明書を含め、どう組むかまでアイディアがあったはずだ)がさまざまな理由で頓挫し、金型だけをボーダーモデルが入手し、製品化に漕ぎ着けたという流れにある。

 ボーダーモデルによれば、かれらは実際にパーツを成形してから説明書をゼロから作り上げる必要があった(それには1年以上の歳月がかかったのだという)。本来仕込まれていた選択肢をすべて理解しているのはウイングナットウイングスのスタッフだから、ボーダーモデルはその意図をすべて汲み取ることができなかったはずだ。

 ウイングナットウイングスが製品化に漕ぎ着けていれば、おそらく説明書には実機の写真や資料、塗装指示から選択式パーツの意味まで掲載され、分厚く詳細ものになっていただろう。どっこい、ボーダーモデルの説明書には細部の塗装指示がないし、パーツを選択できる意味(何を再現したいときにどのパーツを使えばいいのか)もほとんど書かれていない。

 こうした弱点を抱えながら、なにはともあれウイングナットウイングスの意思はボーダーモデルを通じて世に放たれた。受け取るのは他でもない、僕たちだ。そして今まで発売されてきた無数のランカスターのプラモを参照しながら、ウイングナットウイングスのサイトに残された資料写真を見ながら、なんとかかんとか組み立てて、その巨躯を味わうのだ。

 なんせタイヤだけこの大きさだ。こんな飛行機模型は、おそらく向こう50年待っても出てこないだろう。再現に慄きながら、表現を味わいながら、これからじっくりと付き合っていこうと思う。

<a href="/author/kalapattar/">からぱた</a>/nippper.com 編集長
からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。