寝ても覚めてもポルシェのプラモデルのことばかり考えている。ほしいシャーシ、ほしいボディ、ほしいホイール。脳内にあるのは幸運にも買えたヨコサカタツヤ作品の「Black Bird」だ。翼とふたりのパイロット、そしてジェットエンジンはもちろんだが、「黒い911ターボ、ツートンのBBS LMホイールを備えたタミヤのプラモデル」は存在しない。自分であれこれかき集めて合体しないと、この架空のプラモデルのパッケージの「中身」は再現できないのだ。
熊本、マルエス商事。めちゃめちゃオシャレな模型店で棚の間をジグザグに歩く至福のとき。そして手に入れたのがフジミ製ブラックバードのプラモデルだ。『湾岸ミッドナイト』に登場したマシンであり、おそらく3代目の911(タイプ964と呼ばれるもの)をベースにしたポルシェ 911カレラ 3.8 RSRにフロントスポイラーやロールケージのパーツを足したものだ。
右がタミヤのタイプ930、左がフジミのタイプ964のボディだ。バンパーのカタチが変わったこと以外はほぼそのままに見える。どっちが似ているとか、どっちが優れているとかではなくて、ポルシェ911というアイコンを色んなメーカーがよってたかってプラモデルにしていることがおもしろい。
フジミのポルシェも歴史を紐解いてみるといろんなパーツを追加したり変更したりして、マシンが辿った変遷を表現しようとしている。創業当時から伝わるうなぎのタレみたいだ。ちなみにヨコサカタツヤの画ではボディがタイプ930なので、タミヤのを黒く塗るのが良さそうだ(などとエラソーに書いているが、それもこれも血眼になってポルシェのプラモデルを勉強しているうちにだんだんわかってきたことだ)。
フロントスポイラーのパーツはお世辞にもカッコいいとは言えない。フォグランプが斜め前を向いていたり、メッシュの貼られた開口部も奥行きがなく、なによりボディにこのままくっつけるとすごく顎のしゃくれたポルシェになってしまうというのが先人たちの意見であり、箱を開けて「確かにそうだ」と感じる。『湾岸ミッドナイト』仕様で作ろうとするとちょっと苦労しそうだが、私が欲しいのは現代的なステアリングの切れるシャーシだったり、BBSのホイールだったりするから、べつに大丈夫。
ギトっとしたゴールドに塗られたBBSホイールをチラッと見て「LMに違いない!」と思っていたのだが、ランナーにはRGと書いてある。確かにリムの深さとか2ピースでナット留めされたLMとは違う。ささいなことかもしれないけど、ホイールひとつとっても、いちど気になると「そのもの」が欲しくてたまらない。そして何より楽しいのが、いますぐに「そのもの」が手に入らないことがネガティブな感情に繋がらないこと。
このプラモデルはこのプラモデルで、そのまま組んで並べよう。いままで気にしていなかったポルシェがいまはすべて輝いて見える。いくつものプラモデルの、ほんの少しの違いがキラキラして見える。それをひとつずつ買っては組み、プラモデルとしての「違い」を並べていく。”本物”に似せるために自分で切ったり盛ったり削ったりしたら、全ては同じものになってしまうだろうけど、いまは「ポルシェのプラモデル」が持つ揺らぎを世界でいちばん楽しんでいる自信がある。自分が求めるパーツをいろんなプラモデルから集め、夢のポルシェ911を作るまで、いろんなポルシェと向き合おう。なるほど、いろんな会社の戦車模型のパーツを解析しながら「究極の作品」を作ろうとしている人の気持ちが、いまなら少しわかる。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。