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プラモデルの可能性が人類を滅亡から救う/ヨコサカタツヤ 個展『DISCOVERY』

 いままで何度脳内で毒づいたかわからない。
 真面目にやれよ、プラモデルを。ちゃんと見ろよ、タミヤを。

 プラモデルが持っているキッチュさと、それをクールにまとめ上げるタミヤの世界的なブランド力。だからこそポップアートの文脈においても、あるいは個人の同人活動においても、「タミヤのプラモデルのパッケージを模倣する」というのは何万回とコスり倒されてきた手法である。そして私はプラモデルのこともタミヤのことも深刻に愛しているため、たとえばデザインのエッセンスとして提示されたランナー状のものがプラモデルとして成立しない形状であったり、タミヤのフォントチョイスや字詰めやレイアウトのフィロソフィーを理解していないDTPデータを見ると、あっという間に血液が沸点に達してしまう。

 ヨコサカタツヤの作品を友人に紹介されたときも、私はそれを一瞥して「数多あるタミヤのホワイトパッケージのパロディのひとつ」と決めつけてしまっていた。しかし、実際に個展に行った人の話を聞き、そのステートメントを読み、作品の構造を知ったことで、私は家から飛び出していた。会期の最終日だった。

 作品の実物を見て、私は度肝を抜かれた。そこにあるのはただの平面的なイラストではなく、プラモデルのパッケージのように厚みのあるカンバスに描かれたアクリル画と、透明な板にセル画の技法を使って描かれたもう一枚の画がその上にオーバーレイされることで多層構造をなす「物体」だった。

 よくよく見ると、タミヤ製のポルシェのプラモデルのパッケージがそのまま模写されているようなものもあれば、(この世に存在しないのに)あたかもタミヤが製品化していたかのようなデザインでまとめられた架空のパッケージもある。そのどれもが奇妙な装備を満載し、現実にはありえないような改造を施されているのは、「人類が滅んだ後の風景」を題材にしているからだという。

 実在するプラモデルのパッケージよりもふたまわりほど大きなカンバスに描かれたポルシェはおそらくノーマル状態であり、滅ぶ前の人類が残した落書きや、風化して表面の白い塗工が剥がれ、ねずみ色のボール紙が露出した様子すら「描いて」ある。まずその筆致に私は息を呑み、モノとしてのプラモデルに時間軸を与えた新しい表現であることに衝撃を覚える。

 その上に被せられたセル画状の層には「付け加えた装備/改造したところ」が描かれていて、これを剥がせばおそらく下層にある無改造のポルシェのパッケージアートが見られるのだが、鑑賞者にはそれが許されない。多層構造のスキマをつぶさに見ようとすればするほど、ふたつのレイヤーが薄い空隙を残しながらも文字どおり強固に合体していることが明らかになるばかりだ。

 「人類が危機に瀕し、親しい何かと透明な板で隔てられた状態」というのはコロナ禍における我々の体験の隠喩でもあるが、本個展『DISCOVERY』はポルシェをタイムマシンに改造し、人類が滅亡する前の時代に帰ろうとしているというストーリーで作品が展開された。アポカリプスの後に残されたプラモデルやセル画はもはやその意味を忘れられていて、その組み合わせによって現れる改造ポルシェはどれも華やかで奇妙。しかし、どこかに懐かしさや寂しさを感じさせるのは、我々が見知ったモチーフを巧みに組み合わせているからだ。

 会場に展示されたポルシェ911(これもタイムマシンのように改造されている)は壁に展示されたイラストの手触りをより具体的なものにし、モチーフであるプラモデルのパッケージと対になる立体的な「作例」としても機能している。ばらばらになったパーツを寄せ集め、塗装し、時には改造を施して「自分だけのマシン」を作り上げるプラモデルという遊び。これを題材とした今回の一連のヨコサカ作品は、「ひとりひとりがお気に入りのマシンを仕立て、チューナーを合わせて情報をつかみ取り、希望に向かって走らなければいけない時代に、君たちはどう(マシンを改造して)生きるか?」という問いにも見える。

 プラモデルの改造というのはうまくやればやるほど、自分以外の人に「どこが改造箇所なのかわからない」と思われるものだ。オリジナルの箇所と手を加えた箇所が同じ解像度で、なめらかに接続していることこそ「上手な改造」だからである。

 しかし「中に何も入っていないはずなのに、そこにプラモデルが入っているかのようなパッケージ状の厚みを持ったキャンバス」に対して、そこに被せられたセル画には「追加/改造した箇所」が描かれており、両者は一枚の絵のように見えて明確に分離された構造となっている。この構造こそが描き手(プラモデルで言えば、作り手)の存在を際立たせ、もとの姿と改造後の姿の間に流れた時間経過をも明示する。そしてこの表現手法は「周囲の光景をあえて描かずに世界の広がりを感じさせるタミヤのホワイトパッケージ」を模してこそ、いっそう効果的に見る者の心を揺さぶる。

 決して広いとは言えないギャラリーだが、思考はプラモとタミヤを愛してやまない自分の深層と、はるか未来を駆け巡った。外の世界は滅んでいないかと一瞬不安になりながら、悔しさと清々しさの混じった気分で「安易なパロディだと思っててすまんかった!」と心の中で叫びつつ小さなトビラを屈んで潜り抜けるも、そこには美しいポルシェが無改造で静かに佇んでいるばかり。私はすっかり、ヨコサカタツヤの大ファンになっていた。

ヨコサカタツヤ(Instagram)

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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