友達から連絡があって、居酒屋で呑むことになった。手土産にこの春の話題作、「MG 1/100 ゼータガンダム Ver.Ka」をもらった。原点回帰的なデザインの賛否両論もしっかり読んだし、組み上がったものもインターネットでさんざん見たし、組んだだけですばらしい出来栄えになることはわかりきっている。
つまるところ、「いまさらオレが組まなくてもみんながカッコよく組んでいるならそれでいいじゃん?」と斜に構えていたところがあったのだけど、箱を開けたらいろいろな考えがムクムクと湧いてきた。このプラモは本当に「原作に忠実」だろうか?スタイルについては議論し尽くされた気もするが、たとえばカラーリングやマーキングについてはどうだろう。
前提として2021年に発売された「METAL ROBOT魂(Ka signature)<SIDE MS> Zガンダム」とカラーリングの方向性については共通しているのかもしれない……と思って画像を振り返ってみたが、思っていたよりも色選定のコンセプトが大きく違うことがわかった。
カトキハジメの描くゼータといえばスネの柔らかな曲線にこそ特徴があると思っていた私でも、カーモデルのピラーのような繊細さとカチッと立ったエッジにハッとさせられる。このシャープネスとハッキリとした影の落ちかたは、ガンダムをプラモデルにするために「完全に透けない白」をプラスチックで表現することを延々研究し続けてきたバンダイスピリッツならではのアドバンテージだ。なんなら塗装しなくても、表面にトップコートを乗せて好みのツヤにするだけで完成品としての質感は充分に得られるだろう。
これまで発売されてきたゼータガンダムのプラモデルはほとんど組んできたが、今回の白いプラスチックの硬質感は造形も相まってずば抜けていると思う。白バックにフル発光のストロボを当てて撮影しても、背景から跳ね返ってきた光をいっさい透過しない。
メカパーツもすごい。もはや「外装の一部を開けて内部の構造をあえて見せる」みたいな方法論は(これはスケールモデルで見出され、40年ほどまえからガンプラにも”輸入”された演出のひとつだ)ごく初期のマスターグレードやパーフェクトグレードでこそ仕様として実装されているが、昨今のマスターグレードにおいて内部フレームは「組み立てる途中で見える景色」でしかないだろう。
今作ではそうした機構部分にこれだけリッチな彫刻を入れ、ガンプラで長い間可動ギミックを担ってきたポリエチレン製のパーツを使わずとも”フル可動”と”完全変形”を両立させているのだから恐れ入るとしか言いようがない。設定画でも関節部分はニュートラルなグレーに見えるので、これも齟齬はないように感じる。
さて、ゼータガンダムの特徴である「身体の各所に散らばるように配置された黄色い意匠」である。設定画をよく見ると、胸ダクトと襟、そして頭部のアンテナはまごうことなき黄色だが、肩や脚のスラスターノズルはオレンジだ。本作ではスタイル(=シルエット)を設定画に寄せながらも、カラーリングについてはVer.Kaシリーズでこれまで踏襲されてきた「カトキハジメ氏の考える色味」を企図しているのかもしれない(ちなみに、説明書の最後に記載されているカラーチャートでも黄色い部分はすべて同一色の指示となっている)。
一方、青い部分の色味はアニメのセル画を彷彿とさせる黄色味の入った濃い(彩度のやや低い)ブルーである。カトキハジメ氏が常用してきた『ガンダム・センチネル』に代表されるほんの少し明度を上げた赤系のブルーをイメージしていると、このドンピシャとしか言いようのない原点回帰ぶりには相当驚かされる。頭では「確かにアニメのゼータはこういう色だったな」と理解できても、感覚として他の赤や黄色と調和するのはかすかに赤みの入ったコバルト。そう考えると、このプラモデルが「原点回帰している!」と感じる理由の大部分を、このブルーの色味が担っているのかもしれない。
白いパーツを仔細に見ていくと、小さな開口部が散見される。表面の情報量を増やすために内部のメカパーツがここから覗くという演出のためにあるのだろうが、これも設定画では「白いところにただ三角の線が描いてあるだけ」みたいなところも多い。重層的なパーツ構成と圧倒的な精度で組む楽しみを味わいつつ、完成時に白い部分がのっぺりしないように……という意図に対して、「設定画にはなかったディテールや色」を減じていったときの出来上がりはどうなるのか想像してみたい。
赤もいわゆるカトキハジメ氏がこれまで提示してきた「ほんの少しオレンジに振って明度をやや上げた赤」というセオリーから外れ、むしろ明度を少し下げた重みのある、血のような赤だ。今回は「純白をベースに、”原作感”のある青と黄色と赤をどう調和させるか」という課題があったことを想像するとこの赤は納得できるものだが、じつはパッケージでも説明書の写真でも明度を上げ、コントラストを下げたイラストや写真が使われていることには注意したい。
デカールは従来のVer.Kaアイテムでもよく見られた赤や白のコーションデータや装飾的なライン類でまとめられている。当然ながらアニメの設定画にはこうした注意書きはいっさい入っていないわけだが、かと言って「こまかい注意書きがビシバシ入っているからカトキハジメ版」ということでもない。
ガンダムのマーキングというのは「もしゼータガンダムが本当にそこにあったとして、注意書きやロゴデータはどれくらいの大きさのものが、どれくらいの密度で入っているだろうか?」という想像力と「全高20cmくらいの立体物が目の前にあって、どれくらいの紋様がそこに刻まれていると精密感があるように感じられるか」というが快感原則その原点にあるわけだし、指示されたからすべてを貼らなければいけないということでもない。
ガンプラを受け取ってただ組むだけでなく、自分らしい完成品を作ろうとしたときに、ガンダムの色を観察し、塗装レシピを考えたりマーキングのプランを立てたりするには、上記のようなことを(どこまで言語化しているかは人によるだろうが)シミュレートし、実行する手順を組み立てているはずだ。
「原作に忠実かそうじゃないか」なんて、このひとつのプロダクトの中でも「YES」と「NO」がこれだけ入り混じっている。フォルムだけでものの印象は決まらない。アウトラインやディテールが同じでも、色を変えれば何もかもが変わったように見えるのは自動車や洋服を見ても明らかなことだ。そしてなにより、僕らがプラモデルを通して見たいのは、ゼータガンダムのイメージである。今回提示されたものからどこを変え、何を足せば(あるいは引けば)そのイメージに近づくかを考えるのが、「ガンプラを作る」という言葉には含まれているんじゃないかな、とオレは思う。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。