トム・クルーズとマスタングとレディ・ガガと、それを全部繋ぐデカールの話。

 家に届いたのは黄色い封筒。そこに「気をつけて運べよ!折り曲げるなよ!ありがとうな……」と書かれた真っ赤なシールが貼ってある。出発地はフロリダのリーズバーグという街。届いたのは、飛行機模型に貼るデカールだ。あんなペラペラのものを1枚買うのにエアメールというのもなんだか贅沢な話のように思えるかもしれないけど、これが結構楽しい。

 民間の飛行機(つまり、戦闘に使われない飛行機)のマーキングばっかりをデカールにして販売している、DRAW Decalという業者がある。写真は『トップガン マーヴェリック』に出演したP-51Kマスタングのマーキングで、これを既存の1/32スケールのマスタングのプラモに貼れば、トム・クルーズが所有する「Kiss Me Kate号(N51EW)」を再現できちゃうのである。



 劇中でバッヒュンバッヒュン飛んでいたF/A-18もいいけど、オレはそもそもマスタングがめちゃくちゃに好きで、おそらくいままででいちばん組み立てた回数の多い飛行機はマスタングだと思う。で、そういう人間がレディ・ガガによる『Hold My Hand』のMVを見ると脳の奥のほうが痺れてしまい、これは巨大なトムのマスタングを作らなければいけませんね、という澄み切った狂気みたいなものが溢れ出してくるのだ。

 結果、まず童友社の1/32マスタングを買い、なるほどなるほどと貼って大きさを確かめてから今度はハセガワの1/32マスタングを手に入れ、これまた説明書とにらめっこしながら全体の工程を考え、やっぱり最強のマスタングはタミヤの1/32かもしれないなと特価品を手に入れて「うむ……これはこれで重たいですね……」みたいなことをここ2週間やっていたのである。

 『Hold My Hand』のMVをYouTubeで見るたびにサムネイルのレディ・ガガの後ろに見切れているマスタングの脚収納庫トビラ裏のディテールだけでメシが3杯食えるわけだが、その後も優雅に飛んでいるマスタングが繰り返し見られるのだから最高だ。そしてデカールが来るのをお気に入りのプラモたちと待つ。アメリカ合衆国郵便公社(USPS)のサイトにトラッキングコードを入れると、オレのデカール1枚が太平洋を渡って来るのがリアルタイムで見られる。

 オカハンプカという聴いたこともない土地の郵便局に留め置かれているのを知ってその土地のことを検索し、「非法人地域」という市町村とはまったく違うコミュニティがアメリカ合衆国に存在することを知った。「オーランドってフロリダにもある地名なんだ」とか、「オーパロッカはなんだか治安の悪い地域らしい」ということを読みかじる。ようやく到着したマイアミの空港の周りの倉庫ひとつひとつにもZIPコードが設定されていて、それを何個も(一週間くらい!)ぐるぐるたらい回しにされている様子も筒抜けである。

 ヒューストン、サンフランシスコを経由して成田へ。そこから荷物は日本郵便に引き渡されてようやく家のポストにこのデカールが届いた。待ちくたびれたパイロットと一緒に封筒の中身を引きずり出して、デカールを眺める。これを貼ったら、レディ・ガガの歌がまた脳内にバーンと響いて、涙が流れてしまうかもしれない。

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からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。