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マーヴェリックが慈しむように、オレはオレのマスタングを飛ばす。/童友社のでっかいP-51D

 若い人の間でフィルムカメラが大流行している。「懐古趣味じゃん」なんて言葉で片付けてはダメで、そもそも物心ついたときにはスマホがあって、いまでは撮影時から顔面にエフェクトをかけて「盛る」のが当たり前の世代の話。彼らには、そもそもフィルムカメラやフィルムの質感そのものに懐かしいという感情がない。撮ってすぐに結果を見られないとか、撮れる枚数に制限があるとか、写ってほしくないディテールがボヤッと粒子の中に溶けてしまうその手触りとかが「エモい」という気分にマッチしているのだ。

 プラモはその誕生から現在まで、どんどん高解像度になっている。いまや図面や写真を頼りにほとんど実機と同じ構造を完全再現できるようなプラモも設計できてしまう時代だ。その傍らで、半世紀も前のプラモがドデンと売られているところがすごい。極太のパネルラインにバリバリのリベットは現代の言葉で言うとオーバースケールというやつで、「実機にこんな太い線が走っていたり、巨大な穴が開いているわけないでしょう」と一蹴されてしまうような彫刻だ。

 でもプロペラがスピナー(中央の砲弾型のカバー)と一体でスカッとパーツになっていると、どうしてこうも嬉しくなってしまうのだろう。答えは明確。組み立てがめっぽう楽だからだ。取付角度を気にしなくていいし、これを鼻先にくっつければたちまちプロペラ機になってくれる。なにより力強くてわかりやすく、組み立てた先の見通しが明るく感じられる。若者の言葉を借りれば、これはエモい。

 マスタングっていう飛行機があって、それはだいたいこんなカタチをしています。大きいほうがいいでしょう?機体の表面にはいかにも金属でできた飛行機であるように見えるディテールを入れておきました。プロペラが回転するとそれらしいとおっしゃるなら、電池ボックスとモーター室も用意しておきましょう。

 モーターや電池ボックスのギミックは廃止されてしまったが、その名残は説明書に見て取れる。半身浴みたいな浅さのコクピットに膝から下をバッサリ切り取られたパイロット。左右も上下もなんだかピシッと合わない胴体や主翼のパーツたち。絶対に車輪を収納できない浅すぎる脚収納庫。でもそこにあるのはなんだか異様な存在感と、カタチにしてブーンと空に掲げたくなるようなスピード感。

 半世紀も前の、プラモにトイ的な役割が大いに期待されていた頃の製品だ。スキマや段違いは当然ある(しかもかなり豪快に!)。そして細部の表現は徹底的に甘々だ。でもどうだろう。「いま、ドデカいマスタングをいちばん素早く作りたい!」という気持ちに寄り添えるプラモを探すと、選択肢はそう多くない。古い、不正確だ、あそこがなっていない、ここが気に食わない。オレだってそう思うところはある。生まれた時代が違うから、そもそも理念が違う。2022年のいまでも、このプラモにはこのプラモなりの存在意義があって、いま心のなかでチリチリと燃えつづけている気持ちを太い腕で抱きとめてくれるようだ。

 レディー・ガガの歌に乗せて、49年前のプラモが部屋のなかを飛ぶ。今のオレが持っている魔法のような接着剤があっても、組むのはなかなかの大冒険だ。でもこうして遠目に見れば、ザラッとしたフィルムカメラで撮られた二次大戦中のマスタングよりも随分シャープに思える。家に来た友達はたぶんこれを見て「あ、マスタングだ!」と言うだろう。

 実機に近い、正確で精細なベスト・オブ・ベストの作品を目指したければ、同スケールでタミヤの最高級マスタングがある。だからと言って役割を終えることなく童友社のでっかいP-51Dは数多の新製品と並び、誰かの衝動を受け止めるためにじっと待っているのだ。自分の心の声に従って、プラモを選ぶ。そこにしかない体験が必ずあると、オレは思う。

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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