アメリカンカープラモで時を越えた探索を。

 「良いときのアメリカ」という話を聞く機会が何度かあった。
 アメリカンヴィンテージウォッチの名店、銀座OLD&NEWの川上さん、アメリカントラディショナルなスーツスタイルを得意とするテーラーケイドの山本さん、なぜか私に目を付けて売り場をうろうろしていると声をかけてくれた、ティモシー&エベレストの今は亡き上野さん。3人が3人とも、それぞれがこだわりを持っているものに対して「これはアメリカが一番豊かだったころの」という始まりでいろんな話をしてくれた。
 アメリカには「一番豊かだったころ」が確かにあったようだ。

 そういったエピソードに吸い込まれるように時計や指輪、スーツを手にしてみると微妙に違う仕事の細かさや見た目の面白さが楽しくなる。大抵が「今これを大量生産品で作ろうとしても、ものすごくコストがかかる」という話で終わるのだけど、確かに昔のアメリカを意識した復刻のような何かとオリジナルは微妙に違う。というか、肝心なところが違っていることがあったりして「それじゃあ買わないな」とがっかりしたこともあった。某ブランドの100周年記念の指輪、なんでアメリカ製じゃなかったのだろうか。値段なんていくら高くてもいいのに。
 こんなことを考えると物を作るための手段は身近になり、世界中で仕事が行き来する中で良いものを作るハードルは下がったし、コストも下げられるようになったけど肝心の「物を作る人がわかっているかどうか」が怪しくなってくる。もちろん、ビジネスとしての紆余曲折があるので「わかっている人がいても、もう作れないんだろうな」なんてすぐに思い直すのだけど、「豊かだったころのアメリカ」が何を作っていたのかが分かってくる。

 ファッションでいえば生地の質感や金メッキなのか金貼りなのか、レーザー彫刻なのか手彫りなのかみたいなことで過去と今のモノづくりの差が出てくるのだけど、プラモデルはその辺が微妙に違う気がする。発売されたものを買ってみてひとたび箱を開けてみれば昔の人と同じようにパーツを切り離し、組み立て、完成させることができる。「2020年代のプラスチックなので電子レンジで温めてから作ります」みたいな話はなく、決まりきった手順で完成する。

 箱を開けてみると、ゴリっと歯ごたえがありそうな厚みのあるパーツがあって、試しに指で触ってみると貧弱な様子を一切感じない重厚感があることに気づいた。確かにアメリカのものは丈夫でしっかりしたものが多い。それでいて繊細なところはものすごく繊細に気を使っているのだけど、それに近い雰囲気で「ああ、アメリカだな」と勝手に納得した。
 僕にとってアメリカンカープラモデルを作る意味は多分、先人たちが言う「一番豊かだったころのアメリカ」をかなりの純度で味わえるからだと思う。
 new ERAのキャップのシールを剥がすように箱を包んでるシュリンクを剥がせば、あの頃のアメリカはこの目の中、ですね。

<a href="/author/crisci4mens/">クリスチ</a>
クリスチ

1987年生まれ。デザインやったり広報やったり、店長やったりして、今は普通のサラリーマン。革靴や時計など、細かく手の込んだモノが好き。部屋に模型がなんとなく飾ってある生活を日々楽しんでいます。
Re:11colorsというブログもやっています。