F1ドライバーに教わるプラモデルの作りかた/タミヤ 1/24 ザウバー メルセデス C9

 2年前のある土曜日、ひとりのF1ドライバーのInstagramにプラモデルファンが釘付けになった。台風でスケジュールの狂った日本グランプリの控室で、ロマン・グロージャンはタミヤのP34というF1マシンのプラモを組むことにしたのだ。鈴鹿サーキットに持ち込んだのは簡素なニッパーと接着剤だけ。もちろん塗装の手だてなどあろうはずもなく、ただハコの中に入っているパーツを組んで、ボディにデカールを貼っただけ。

 しかしその出来栄えは、多くのF1ファンとそこに含まれるモデラーたちに大きな衝撃を与えた。P34という特徴的なカタチのマシンを選んだこと、ボディが青と白の組み合わせで塗装せずとも見栄えのするものだったことを差し引いても「プラモって、ただ切って貼るだけでこんなにおもしろかったんだ!」ということを、これ以上効果的に思い出させてくれる事件はそうそうないだろう。

 グロージャンは昨年のバーレーンGPで大きな事故に見舞われF1から引退。その後はトレーニングで驚異的な回復を見せ、今年はアメリカのインディカー・シリーズに参戦し、目覚ましい活躍を見せている。そして、ごく一部のモデラーはプラモデルを箱から出して色も塗らずに組み上げることを(彼を称賛する思いも込めて)「グロージング」と呼んでいる。まあ、「プラモを刺し身で食う」の横文字みたいなもんだ。そして、そんなこと言ってるのはたぶん日本で10人くらいしかいない。まあでも、そういう概念があるということは素敵だ。

 先程からパーツ状態の写真を見せているタミヤの1/24 ザウバーC9は1990年の製品。30年前のアイテムとはいえ、パーツの切れ味と過剰なパーツ数に頼らずともツボを押さえた構成はランナー状態でもダイレクトに伝わってくる。なにより、ブラックとシルバーのプラスチックの組み合わせが優美だ。シルバーのプラスチック特有のウェルド(金型の中で冷え固まる際に発生する表面のうねった模様)も艶めかしい。

 このキットの構成はなかなかゴージャスで、通常のプラスチックパーツに加え、高品質なカルトグラフ社製のデカール、水転写式のタイヤロゴ、シールで再現されたシートベルトやウインドウ用のマスキングシート、さらに金属製の極薄ディテールアップパーツやステンレス線(アンテナ再現用)もセットされており、これらをすべて的確に操るのはなかなかにスキルフルだ。説明書に書いてあることをすべて順番通りにやって、全部が成功するかと言えば、おそらくこれらのマテリアルの扱いに慣れていないと(つまり何度か失敗してうまく手懐ける方法が分かっていないと)厳しいだろう。

 このクルマのシルエットにビビッと来て、いざこのプラモを買ったとしよう。ハコの中には多くの見慣れぬ工程たちが潜んでいる。その難しそうな雰囲気に慄くかもしれない。知らないことを怖いと思うのも無理はない。しかし、僕らは心にグロージャンを住まわせている……。

 ここはいっそ、限られたツール、限られたスキルで「できることからチョイスして実行する」というのはどうだろうか。説明書に書いてあることをあえてやらない、せっかく用意されたパーツを使わないというのもまた少し勇気のいることだが、このキットは「ただできることをやるのではなく、ほんの少しだけ背伸びしてみる」という視点で見るとなかなか優しい。

 まずはよく切れるニッパーを用意して、パーツを切る。切り残したところはないか、しっかり確かめてパーツの断面をなるべく平らにしておこう。手元にカッターやデザインナイフがあれば、それで出っ張った跡を少し削ってもいい。とにかく、パーツの持っているカタチをしっかりと切り出せればそれでいい。

 流し込みタイプの接着剤(速乾と書いてあるものを選ぼう)を用意して、パーツとパーツの合わせ目にほんの少しだけ、チョンと流し込む。そのまま力を入れずに15秒パーツを挟んで持っておく。すぐに固定されて、次の工程に進める。イマドキの接着剤は待ち時間がほとんどないし、仮止めしておくテープも不要だ。まずこの2つのアクションさえ覚えていれば、ずいずいと組み立ては進んでいく。

 エンジンが組まれ、足回りが組まれ、コクピットが組まれていく。メカニカルで無駄のない、レーシングカーの獰猛な骨格と心臓が掌の中で踊る。パーツを取り付けるべき場所をしっかりと確かめながら、水平と垂直に気を使うことができればだれでもこのカタチが手に入る。必要なスキルは、上に書いた「切って、貼る」のふたつだけ。ね、プラモって、おもしろくてかっこいいんですよ。

 ここまで組み上げ説明書を眺めて、この先のことを考える。写真やパッケージのイラストを観察して、ザウバーC9の「らしさ」がどこにあるかをじっくりと考える。「これはやったほうが効果的だな」と思えることと、「これはやらないほうが結果的にキレイに見えるぞ」と思えることが出てきた。さすがにここは鈴鹿サーキットじゃないから、筆の一本、スプレー缶の一本くらいは使ってもいいだろう。さて、次にやるべきことは……?

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からぱた

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。