すべてのジャンルの模型の真髄が詰まった今世紀最大の「思考書」/島充『城郭模型紀行』を読む。

 いまから30年くらい前、『ガンダム・センチネル』という企画があった。アニメとプラモの両面で延々と再生産され続ける「ただひたすらかっこよくて強そうなモビルスーツ」は『機動戦士ガンダム』というタイトルとそれに続いたガンプラブームを牽引したひとつのキーワードである「リアルさ」を失ってはいないか?という問いであり、(やや衒学的だったり編集的なハッタリをかましたりしながら)「リアルなガンダム」について考え、手を動かし、写真とテキストで展開され、いまのガンダムおよびガンプラシーンにも絶大な影響を与え続けている。

 『月刊アーマーモデリング』で連載されている島充の城郭模型紀行というコーナーは、言ってみれば「城・センチネル」である。城とは何か。城を見てそれを再現するとはどういうことなのかを突き詰める島のまなざしと作法は、凡人の想像する模型製作とは大きな大きな隔たりがある。とにかく、私はこの連載をまとめた書籍(無論大幅に増補されているため、単なるバックナンバーの総集編ではない)を読んで、ひたすらに「すごい」という言葉を連呼しながらページを繰った。「オレは城の模型を作らないからいいや」などという言葉は通用しない。プラスチックを使ってなにかのカタチを再構築して楽しむ、という遊びをしている人は、すべて読まなければいけないくらい重要な一冊だと断言しておこう。

 本書の前半でまとめられている作品はそもそもプラモデルを作っているのではなく、すべてフルスクラッチビルド(ゼロからプラスチックの板を使って作り上げる模型)である。「図面があるからそれを再現した」というのであればそれは現代的な建築模型と相違ないが、福知山城は1873年に天守が解体され、不正確な絵図や著しく劣化した写真しか残されていない。島は一葉の古写真を手がかりに、その撮影位置や高度を三次元的に決定し、本来の福知山城の姿をまさしく「復元」していく。

 ただ手の動くままに得られる気持ちの良い造や「それらしいカタチ」というのも模型を通じて得られる快楽ではあるが、ひたすらストイックにしろと向き合う島の思考の軌跡と、それを立体に起こしていく作業工程を見ていても、不思議と悲壮感や切迫感はない。それは島が本当に城を愛し、城の模型を作ることに没頭し、それを通して表現できること、研究者と共有できる新たな情報を作り出せること、そして後世に城の姿を伝えられることに喜びを感じているからではないだろうか。

 福知山城のほかに、二条城、備中松山城、大坂城、熊本城のフルスクラッチビルド作品も収録されている。どれも異なるアプローチで実像に迫るものであり、ただ正確なだけでなく、その佇まいもひたすらに心の芯に届くような仕上がり。個人的には大坂城の金属パーツや天井画に込められたこだわりに「ああ、この人はホンモノの城を作っているんだな」と心底打ちひしがれたし、地震で崩落した熊本城の石垣(の模型!)の写真は何分間も目が釘付けになり、なかなかその先に進めなかった。

 後半では市販のプラモデルを使った作品も多数収録されているが、こちらもただの「作例」ではなく、城のプラモデルが抱えているアドバンテージと弱点をうまく整理しながら島流の作法でひとつひとつ丁寧に組み上げられ、圧倒的な説得力を持った仕上がりとなっている。技法的な解説もあるにはあるが、むしろ重要なのはここでも「何をどう表現するのか」という思考法であるように感じられる。

 模型の「作品集」というと、美麗な作例の写真集であったり、それをどう作るかという技法書としての側面に期待しがちである。しかし、本書を読んで「さあ真似して同じように作ろう」と思っても、そうはいかない。しかし、モチーフに迫り、それを我が物にし、描いたイメージを正確にアウトプットするという過程について、模型者が(それを実行するかどうかは置いといて)備えているべき資質を正しく描き出した素晴らしい一冊であることは間違いない。

 この恐ろしい作品たちを「学術」だとか「アート」だとか、そういうくくりで自分から遠ざけてしまってはもったいない。どうすれば島に迫ることができるのか。自分は何に迫ろうとしているのか。模型の持つ魅力と奥深さ。そして模型が伝えられること、模型だからこそ表現できることの詰まったこの本を読めば、あなたが世界を見る目も模型を作る目も確実に変わることを約束する。ただひたすらに、必読だ。

<a href="/author/kalapattar/">からぱた</a>
からぱた

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。