生まれて始めて、導かれるままに潜水艦のプラモデルが「作らさった」日。

 北海道/東北地方の方言に「○○さる」という語尾変化がある。「自分が望んだかどうかは一旦置いといて、対象が○○された状態になった」という複雑な心象を述べる極めて便利な語法であり、これに対応する標準語はないのではないか。

 ふつうはスイッチを押すことにより、スイッチは「押ささる」。これを「押された状態になった」と述べるのはさすがに長いし、まれに「押ささらなかった」(自分は間違いなく押したはずなのに、スイッチのほうが押された状態になっていなかった。心外なことだなぁ、の意)ということもあるのでヤバい。つまり、ものの状態や起きた結果だけを自分の意志の外側に置くことができるのだ。こんな便利な言葉が全国区で使われていないことが悔やまれる。

 大西洋でアメリカ海軍の駆逐艦率いる巨大輸送船団とドイツ海軍のUボート(潜水艦)の死闘を描いた映画『グレイハウンド』が面白すぎたという理由で買ってきたAFVクラブのUボートVIIDだが、パチパチと仮組みしてみたらこれがすこぶる良い出来で驚く。パーツの合わせめなどほとんど見えなくなるほど精度は高いし、恐ろしく繊細なディテールは見ているだけでも眼福。サラッとカタチを見たらそれでいいやと思っていたのだが、見れば見るほど塗りたくなるのだ。

▲このディテール、素敵すぎませんか。

 せっかくの緻密なディテールなので、手すりのパーツはプラスチック製のものではなく、同梱されているエッチング(極薄の真鍮板を加工して作られためちゃくちゃ精密な金属パーツ)を採用することにした。極細極薄のエッチングパーツは難しそうなので普段のワタシなら絶対にプラスチックを採択するのだが、AFVクラブの製品を作っているスタッフの声なき声に呼び寄せられるがまま、エッチングパーツを恐る恐る貼る。

 慎重に慎重にパーツのカタチと金属パーツの曲率を合わせながら曲げ、焦らず騒がず位置合わせを入念に行い、ごく少量の瞬間接着剤を伸ばしランナー(プラモの枠を炙って伸ばして作った極細の棒)で掬ってチョンチョンと付けていく。

 あれ……できる。できるというよりも、してみたら思っていたよりも「した状態になった」という感覚(これを北海道/東北地方では「しささった」という。なんと軽やかなのだろう!)。

 模型専門誌を読んで(あるいはプロモデラーがハウトゥ記事のために実演しているのを横で見て)、へぇすっごいな、オレには無理だろうな、と思っていたことが、書いてある通りに動いてみたらなるほど合理的な方法だったのだなと驚かされるこの感じ。

 テンションが上がって「いやいや、ちょっと彫刻の様子と自分の工作の痕跡を確かめたいわね」とオネエ口調になりながらグレーのサーフェイサー(下地塗料)をブーッと吹き付ける。

 いやこれはカッコいいのではないか。自分の力量を超えて異様に精密なものがボコッとそこに出現したような気がして、なおさら気を良くする。

 これに筆で味をつけていったらどうなるのだろう……。それはもう味見でもなんでもなく、「塗装」である。どうなるかわからないまま、どんな色が正確なのかもよくわからないまま、イメージで筆を走らせる。やめられない、止まらない。もうこれはランナーズハイのようなもので、ゴールがどこかも知らずに徘徊するランニングマン。

 1日でここまで来てしまったし、なんとなくカッコいい風なのだがなんか思っていたのと違うしネットでUボートを探してもカラーの写真はほとんど見当たらない。この日から模型机の傍らにこの潜水艦を置いて、気が向いたときにぺろり、明くる日のちょっとした数分間にまたぺろりと色を乗せ、ある日はマスキングしてエアブラシで上から全部やり直したりしながら、一ヶ月以上少しずつ熟成を重ねて、ある日突然「あ、できた!」という感覚があった。

 途中で「どう飾るか」がなんとなくイメージできたので、説明書のすべてのパーツを取り付けた状態ではないが、ここで完成宣言を発布。かくしてこの模型は完成した。……というより、「作らさった」。作っていたら、プラモそのものがまるで勝手に作られた状態になったように。何を馬鹿なことを、と思うなかれ。いいプラモはあなたが望むと望まざると、「作らさる」のだ。

 自分がこうするぞああするぞと意気込んで計画を立ててそのとおりにコツコツと作業を積み上げて作るものだと思っていたワタシにとって、これは驚くべき模型体験だった。

 対象が死ぬほど好きでその姿を見たいと強く願ったのでもなく、最後にこんな完成品にしてみんなに見せびらかしちゃるぞと奮起したわけでもなく。そのプラモの佇まいが気に入って、ただなんだか毎日気になって、最初に味わったパーツの精度や目に入る彫刻の精緻さに心奪われながら、気の向くままに筆を走らせたり、パーツを少し足したり。

 モヤモヤモヤモヤと霧の中を歩いていたら、ぱっと晴れた山頂に立っていたようなこのプラモ作りの毎日は、もしかしたらたくさんの人にとって「あ、そういうのもアリか!」と思って貰えそうだから、こうして書いておこうと思ったのだ。

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からぱた
@kalapattar

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』http://wivern.exblog.jp の中の人。