みなさん、お巡りさんは好きですか? 正直おれはあんまり好きじゃないんですが、しかしいないとドえらいことになるのも事実……。おっかないしキップ切られりゃ腹も立つけど、さりとていなけりゃ困る。そんなビビられたりウザがられたり……という立場の人たちをビシッと切り取ったのが、タミヤの「ドイツ野戦憲兵セット」です。
「憲兵」というのは軍隊の中で警察官的な仕事をする兵隊のことをいいます。近代的な国家の仕組みができたヨーロッパでは国家が治安の面倒も見る必要が生まれたわけですが、そこで動員されたのが武器を持っていて自分たちで自分たちの面倒を見られる軍隊でした。なので、今でもフランスやイタリアでは「立場は兵隊だけど、普段の仕事は警察」みたいな憲兵たちの部隊があります。
ドイツの憲兵の歴史も古く、19世紀初頭のプロイセン王国時代まで遡れます。軍人でありながら平時は警察の仕事をしていたプロイセンの国家憲兵ですが、いざ戦争となればそこから隊員を引き抜いて野戦部隊を編成しました。わざわざ「野戦」憲兵という名前になっているのは、平時の国家憲兵と区別するためということになります。
第二次大戦時の彼らは1933年のヒトラーの政権掌握後に編成された部隊ですが、厳しい選抜試験をくぐり抜けたエリートだったそうです。基本的には歩兵ですが、それに加えて法律の知識や相手を取り押さえる護身術を身につけており、一般の兵隊とは毛色が異なる自己完結型の部隊として戦場や占領地で活躍。治安維持や交通管制、はたまたドイツの負けがこんでくると軍規維持や脱走兵の処罰に大忙し。いわゆるお巡りさん的な仕事からダーティな任務までこなし、さらにドイツの敗戦後もしばらくは占領軍の補助を行っています。
そんな野戦憲兵を題材にしたこのキット。基本的な装備はドイツ軍の歩兵とそう変わらないのですが、ところどころに「戦場のお巡りさん」という要素が見え隠れしているのが見どころです。
例えばこの箱のベロ。切り取って憲兵に持たせる身分証明書がついています。ご丁寧に陸軍と空軍の2種類同時収録。タミヤは空軍地上部隊のフィギュアも出しているので、自社製品のフォローはがっちりやれるようになっているわけです。親切~!
シェパードが付属しているのも野戦憲兵ならでは。古今東西、警察と犬はセットですからね……。毛並みの彫刻もさることながら、耳の縁がギンギンにシャープなのもグッときます。ていうか、ちゃんとやろうと思うと6つもパーツが必要なんですね、犬。
そして野戦憲兵を象徴するアイテムが、この首から下げたゴルゲット。元は甲冑の喉当てなんですが、甲冑が着られなくなると防具としての機能が消え、階級や役職を示す目印としての役割が強くなりました(完全に余談なんですけど、『風の谷のナウシカ』に出てくるトルメキアの装甲兵もこれをでっかくしたようなやつを首元につけています)。というわけで、ドイツの野戦憲兵はこれを首からぶら下げることで、他の兵士と一発で見分けがつくようになってます。ゴルゲットの色はピッカピカの金属色でよく目立つので、そのことからも彼らが最前線で戦う兵隊ではないということがわかります。
組み立てるとこんな感じ。なんせ「ウォ~~~~」と戦っている最中の人たちではないので、ポーズも全体的に落ち着いたムード。しかし、所々に野戦憲兵的な凄みがあるポージングとなっています。
この人は「喝!」とか「あっぱれ!」とかやっているわけではなく、交通整理をやっている人です。いたるところを車両が走っているにも関わらず、信号も舗装道路もないのが戦場の道。こういう人がいないと車両はたちまち事故を起こし、大事な物資や兵隊は爆発炎上、ドイツ軍は即敗北です(まじか……)。というわけで、交通整理は憲兵の大事な仕事の一つでした。しかし改めて見ると、ゴルゲットやポケットの彫刻がピンピンにシャープでシビれますね。
この人はブックオフで『スラムダンク』を立ち読みしている人ではなく、身分証を確認している憲兵です。憲兵による身分証の確認といえば、最も遭遇したくない事態ナンバーワン……! 一度でも職質されたことがある人なら、想像しただけで手に汗がじんわり滲むことでしょう。そんなイヤ度が高いシチュエーションも、このキットなら一発再現です。イヤだな~!
ヒラの兵隊だけではなく、上司もくっついているのがこのセットの特徴。見るからに偉そうなこのおっさんは、ドイツ軍将校の象徴的アイテムである乗馬ズボンと制帽を着用。「やっとるかね?」という感じにも、「な~んか怪しいなあ、お前?」という感じにも見える立ち方も、いかにもドイツ軍の野戦憲兵の偉い人という雰囲気です。こんな人に怒られたらイヤですね。
というわけで、これ単品で並べて遊んでも面白いんですが、このキットが真価を発揮するのは他の車両や兵士のキットと組み合わせた時ではないでしょうか。ただのキューベルワーゲンの前に置けば交通整理で停車中にも、身分証の確認で停められているようにも見えるマジックアイテムが、このドイツ野戦憲兵セットなのです。
ジオラマ、情景と言われているような模型ってなんかしらストーリーを盛り込む必要があって、それがちょっと面倒な時も……。そんな時に彼らを一人添えてあげると、車両単品よりもぐっと気が利いた感じに見えること間違いなし! クルマや兵隊の横に置くだけで様になるお役立ちフィギュアとして、常備しておくといいことがあるかもしれません。
ライター。岐阜県出身。元模型誌編集部勤務で現在フリー。月刊「ホビージャパン」にて「しげるのアメトイブームの話聞かせてよ!」、「ホビージャパンエクストラ」にて「しげるの代々木二丁目シネマ」連載中。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。