
熊本のマルエス商事で買ったタミヤのRS1000。家には未組立のプラモデルがいくらでもあるというのに、旅先で買ったプラモデルはそのほとぼりが冷めないうちに組みたくなる。旅の思い出を旅先だけで完結させてしまうのはもったいないし、帰ってきてからニッパーを握る時間まで含めて、旅の記憶になるような気がするからだ。
このキットが最初に発売されたのは1982年10月。オレと同い年のプラモデルである。シルバーのランナーが2枚、赤いカウルとクリアーパーツ、それに軟質樹脂製のタイヤという構成は、ずいぶんあっさりしているように感じるかもしれない。しかし、昔のプラモデルだからシンプルなのかというと、そうとも言い切れない。オートバイという機械の基本的な成り立ちはこの44年間で大きく変わったわけではなく、エンジンを組み、フレームで挟んで前後の足まわりやカウルを取り付けていくというプラモデルの構成もそれほど変化していない。バイク模型は古いものも新しいものもけっこうホイホイ手を出しやすいジャンルだと思うが、その理由のひとつはここにあるのだろう。

いっぽう、実物をどこまで細かく再現するかという点では、44年という時間の経過をはっきり感じる。最近のプラモデルは微に入り細を穿つようなディテールの再現が当たり前になり、実車の小さな特徴まで拾おうとするぶん、パーツ数も多くなりがちだ。1980年代前半のプラモデルはもう少しおおらかで、限られたパーツ数のなかに「いかにもホンモノらしい」と感じさせる形状を巧みに盛り込んでいる。実物を精密に縮小することと、実物らしく見える形を作ることは、似ているようで少し違う。その違いを改めて意識させてくれたのが、今回の再販で同梱された実車ディテール写真のリーフレットだった。

リーフレットにはホンダコレクションホールに収蔵されているRS1000を、モデラー的な視点で撮影した写真がたっぷり掲載されている。全体のフォルムはもちろん、パイプの取り回しやケーブルの行方、ボルトの頭や各部の接合方法まで、模型を作るうえで知りたくなるようなアングルが並ぶ。もちろんこれは実車に忠実な塗り分けを追求したり、キットをディテールアップしたりする人のために用意された資料なのだろう。しかし、こうして実車の細部をじっくり眺めてからプラモデルのパーツに目を戻すと、あちこちの形が思いのほか違っていることに驚く。っていうか、省略とかデフォルメといった言葉で片付けられないくらい、違う(ま、レーサーだから実車にも個体差があるのかもしれないけどね)。

だからこのキットは不正確なのじゃー!と騒ぎたいわけではなくて、この違いが面白く感じられるのは、1982年にプラモデルを設計するということが、「実物のどこを拾い、どこを省略し、どんな形に置き換える仕事だったのか」というのを、実車写真との比較によって具体的に観察できることだ。キャラクターモデルなら時代とともにモチーフそのもののデザインがアップデートされることもままあるが、1981年型のRS1000というオートバイは、いまも当時の姿を留めている。そしてタミヤのRS1000もまた、1982年の設計を保ったまま新品として私たちの手元に届けられる。1980年代初頭の技術で作られたオートバイと、それを同時代の模型設計者がどう解釈してプラスチックに置き換えたのか。ふたつの「時代の記録」を同時に眺められるのだから、古いプラモデルを”修正”して現代の精度に近づけることだけが楽しみ方ではないはずだ。実車と模型のあいだにあるギャップそのものが、古いプラモデルにこそ備わる個性のひとつなのだと思う。

実際にエンジンを組み立ててみると、フル3DのCAD設計とデジタル加工技術でビシッと形を出した現代のプラモデルとはまったく違う、太い線と微妙な揺らぎが同居した不思議な存在感がある。冷却フィンの重なりや4つ並んだ吸気口、ゴツゴツとしたケース類の彫刻(と、そこに現れる微細なズレや隙間)は、それぞれの形状を厳密に追いかけているというより、RS1000というマシンが持つ力強さや速さをなんとかプラスチックに封じ込めようとしたように見える。朴訥なパーツ分割ゆえに水平垂直をきちんと出しながら組み上げるには少々注意が必要だが、その手間さえも古い大排気量のマシンを手懐ける快感に似ているのではないかと勝手に想像してしまう。精密さだけで本物に近づくのではなく、彫刻の勢いや組み立てる人間の手加減によって本物らしさを獲得していく。44年前のプラモデルには、44年前のプラモデルにしかない手触りが、ちゃんと残っているのだ。