最新記事やプラモデル情報を毎日お届け!
follow on Xをフォロー!

そのティラノ、いつ完成するの?/3歳児が教えてくれた筆塗りの時間。

 国立科学博物館のミュージアムショップ。3歳の息子に「これは塗装できる恐竜のフィギュア。フツウのティラノと羽毛ティラノがあるけどどっちがいい?」と尋ねると、より雄々しいポーズの羽毛がいいと即答する。原型は恐竜造形の大家である荒木一成氏。価格は抑えめ。即物的に何かが手に入って嬉しいということよりも、買って帰って自分で手を動かすのが楽しみだというところにウエイトのある、すばらしいお土産だ。

 パパはそれなりにプラモデルを組んだり塗ったりするのがうまいので、パッケージに込められた段取りを踏まえながらそれなりに納得できる完成品になるかどうかを2週間にわたってあれこれ考えていた。息子よ、まずパッケージに入った線画にクーピーかなんかで色を塗って、完成したときのイメージを決めるのだ。そしたら欲しい色を調色してお渡ししてもよろしい。下地処理が必要ならプライマーも塗っておくべきか?なんにせよ、息子の塗装デビューをパパが徹底的にサポートしてやろうではないか。
 
 はい。そんな親心はどうでもいいですね。待ちに待った日曜日、箱に入ったティラノと絵の具を出せ、筆とパレットをよこせ。わかりました。どうぞ気の向くまま、塗ってくださいませ。

 筆は使えるのか?水の入った筆洗がわりのカップをぶっ倒さないか?絵の具でテーブルをビタビタに着色しないか? ……親の心配をよそに息子はめちゃくちゃ器用に筆を動かし、「まずは赤なんですよね〜」「ピンクもいいですね〜」などと言いながらドシドシとティラノサウルスを塗っていく。

 白黒赤黄青緑の6色セットになった同梱の塗料は水で薄められるタイプのものだったが、ピンクがほしければ赤と白を混ぜなければいけないし、そもそも希釈のコントロールがかなり難しい。ちょっとでも水が多いとシャビシャビになってフィギュアの表面を流れ落ちてしまうし、モッタリと濃いまま塗ろうとすると筆が走らず塗り拡げにくい。 最初の数分は私も我慢して眺めていたが、3歳児でも「塗り心地がよくない」ということにすぐ気がつく。

 こういうときはですね、最初から調色してあってすこぶる塗りやすいプラモデル用の塗料を使えばいいんです。家には売るほどありますから。水性ホビーカラーないしタミヤカラーのアクリル塗料ミニなら匂いもキツくないし筆は水で洗えるし机に色がついてもキッチンマジックリン使えば落ちます。

 何色がいいっすか。ピンク。ございます。少々お待ちくださいね。紫。もちろんございます。どうぞどうぞ。青はトーンの違うこれとこれがありますが、どっちがいいですか? おっ、濃いほうを選びますか。赤もちょうだい。え、さっきの青と混ぜるんですか。ぐるぐる。またとんでもない色をお作りになられるんですね。

 ひととおり白いところがなくなるまで全体をペタペタと塗りまくり、「もうだいたい塗れたんじゃないんですか」と声をかけると「まだだよ、次は黄色」「こんどはまた紫」「口の中は青だよ」「黒もちょうだい」と色を次から次に重ねて塗りまくる。なるほど、この人はアタマの中にある完成形に向かって塗っているのではなく、筆を動かすと塗料が表面に乗り、色が変わるといういまこの瞬間を楽しんでいるだけなのだ!……ということに気がつく。

 穂先を垂直に叩き付けるように塗った時のテクスチャ、カサカサの塗料をこすりつけて現れる模様、瓶生の塗料をボテッと乗せた時のハッとするような鮮やかさ、混色して現れる思いもよらぬベージュの色合い。私たちがいちいち名前を付け、再現しようとしている筆塗りのあれこれを、息子はいっさい教わることなく、ただ眼の前にあるものと交流しながら自分で見つけ出し、「かっこいいねえ」「おもしろいねえ」「すっごいねえ」と驚嘆していた。

 まるでカメレオンのように何度か全身を塗り替えられたティラノサウルスは、「もうおしまーい」と宣言したその瞬間の色合いでリビングの特等席に飾られている。息子にとってはある種のパスタイム、要は休日の暇つぶしのひとつだったかもしれないし、気が向いたときにその上からまた色を塗られるのかもしれない。もちろん「巧拙や既成概念とは切り離されているからこの”作品”は素晴らしい」などと言うつもりはない。しかし私にとってこのティラノサウルスは、立体物を塗るという遊びの原初的な楽しさを教えてくれたすばらしい先生に見える。我が家にひとり、筆塗り仲間が増えたことを、私はとても嬉しく思う。

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

関連記事