
ダビデ像のなかでもっとも有名なのはミケランジェロの手によるものだ。そしてそのプラモデルがここにある。人間のプラモデルだと思えばその大きさは1/12スケールに相当するが、ホンモノのダビデ像は517cmの巨躯であり、このプラモデルの縮尺は1/35となる。1/35といえば戦車模型のスタンダードスケールだが、ホンモノの戦車の大きさというのは案外知らない人も多いから、たとえば同スケールの兵士のプラモデルを置けばダビデ像がどれだけ大きいのかが実感できるだろう。

ダビデ像は実物を採寸して作られた3Dデータが存在しているので、その表面を像の内側にオフセットしてプラスチックの肉厚を設定し、適切な場所で分割すればプラモデルの金型を作るための図面が完成する。文字で書くのは簡単だが、何をもって適切な分割とするか……というのはきわめて奥深い。モチーフのリサーチやディテールの取捨選択ももちろん重要だが、プラモデルの本質である「どう組み上がるのるか」「組み上げた結果どんな見た目になるのか」というのは分割作業にこそ宿るのである。

顔の造形をもっとも実物らしく見せるための「抜き方向」というものを設定すると、耳の形状が犠牲になりやすい。耳を顔面と一体のパーツとせず、首から生えた無機質な柱から突き出した形状で再現するというグリッチめいた設計に思わず「おぉ!」と小さな声が出てしまう。ゴリアテとの戦いに臨むダビデが持つ投石機……というのは知識として知っていても、実際にどのように持ち、身体の後ろへ廻ったスリングがどこへ至るのか、このプラモデルを組むまで知らなかった。パッケージに書かれた「要人の訪問時に〜」という文言はアナタの家に誰かが来ることを想定しているのではなく、実際に要人がこの像の在所を訪問したときに取られた措置をきちんと模型化したものだということも重要な点だろう。


組み上がれば極めて均整の取れたダビデ像が姿を現す。注意すべきはその造形が実物どおりではないということ。下から見上げた時のプロポーションを意識して上半身と頭部が大きく作られたダビデ像はおよそ6等身だが、このプラモデルを正面から撮影すると7〜7.5等身のバランスとなっており、実際に手にとって全体が視界に収まることを想定した「逆デフォルメ」がかけられている。ただダビデ像の3Dデータをプラモデルに置き換えているのではなく、ミニチュアとして味わうためにきちんとチューニングをすべきだと考えたメーカーのジャッジが感じられる。

「筋肉」と明記されたランナーにはわざわざ分割しなくても造形できたであろう胸、腹、尻のパーツが収まっている。こうしたお茶目さは組み立てる前に眺めるものとして、あるいは欠落した表面にパーツをはめ込む動作として確かに楽しいものではあるが、反面パーツ表面の合わせ目がかなり目立つ結果となってしまっていることがやや惜しく感じられる。この分割線を消し去って500年前の「彫刻」へと戻すのか、それともプラスチックの「継ぎ目」ごと愛でるのか。”世界最高の彫刻”をプラモデルという媒体で遊ぶ、実に素敵な一品である。