
我々は昆虫を知っている。幼少期の「なんかこう、虫だよね」という低い解像度は、小学理科の授業を受けることによってドラスティックに変化する。「まず昆虫という仲間がいて、彼らの体は頭/胸/腹の3つに分かれています。そして、胸からは6本の脚が生えています」と習い、その知識を前提に昆虫を観察すると、なるほど確かにセミもアリもチョウチョも全く違うカタチをしていながら、昆虫というルールのなかで生まれたバリエーションだということがわかるのだ。

さて、われわれはレギオンという怪獣をスクリーンで見たはずなのだが、その形態がいったいどのような要素の集合体であるのかまではっきりと理解できている人間はさほどいないだろう。例えばレギオンの脚は何本あり、どこからどう生えていて、尖った爪のような部位は膝なのか爪先なのか、カニなのか虫なのか(by 螢 雪次朗)、それとも地球の何か例えるのがそもそも間違いなのか。これは正直、レギオンのプラモデルの巨大なハコを開けてもなお、全然わからないのが正直なところである。食虫植物にインスパイアされたような先端形状を持つ巨大なパーツは、いったいレギオンのどこを構成するのか。

ということで、組む。かなり大きいパッケージに圧倒されるが、パーツのひとつひとつもかなり大きい。ひとつ接着するたびにドシンバコンと大きなユニットが現れ、奇っ怪な怪獣の各部位が机の上にゴロゴロと散らばっていくのが痛快だ。曲面主体のプラモデルなので、ゲート(パーツを切断する場所)の出っ張りをタミヤのモデラーズナイフで丁寧に削り取っておくことが肝要だ。幸いプラスチックは柔らかめなので、それぞれの工作に力は必要ない。

昆虫で言うところの腹のようなものには丸く穿たれた脚の付け根が左右それぞれ3つずつ観察できる。これだけパーツが大きいと塗るタイプの接着剤はパーツに付けた端から乾燥してしまうので、パーツを合わせた状態で接合面に流し込むタイプの接着剤を使うべき。ほんの僅かにパーツが歪んでいて隙間が開いてしまっても、速乾タイプのものであれば30秒ほど圧着しておくだけでビシッと所定の位置にパーツが収まる。

昆虫に習って便宜上「頭/胸/腹」と呼びたくなる体幹を組み立ててから、「前足」と書かれたユニットを腹の前方に貼り付けた状態で自立する。太ももの横からカニの爪のような部位が張り出しており、「なるほど脚にも腕にも見えるデザインというのは秀逸だな!」と感心する。同時に、巨大なツノや後方に張り出した腹部を無視すれば、思ったよりも猫背の着ぐるみライクな怪獣としてオーソドックスなバランス取りなのも見て取れる。これは組む過程でしか見えない景色なので、なおさらおもしろい。

おわんのようなカタチの胸からニョキッと生えた頭部。その左右から伸びる10本の触覚はそれぞれワンパーツで成形されており、このプラモデルの組み立てにおいてフィナーレを飾る。などとカッコよく書いているが、造形的にも大きさ的にもカニの脚を延々貼り付けているような感触であり、普段我々はカニをバラして食べているがカニ状のものを再構築するというのはなかなか倒錯的であるなと思ったりもする。

かくして取り返しのつかない大きさのレギオンが完成。後方からフカンで眺めると、やはり「なんだかわからないもの」がそこに佇んでいる。しかしこのプラモデルを作る前と間違いなく違うことは、私はこのレギオンから脚や触覚を取り去った姿を、脚がそれぞれどんなカタチをしているのかを、そしてそれがどこから生え、どのように空間を占めるのかを知っているということだ。ただぼんやりと眺めているだけでは全体の雰囲気しか掴めなかった立体物が、いちど組み立てさえすれば親密な関係を築ける……というのがプラモデルの美点だ。

エクスプラスのECサイト、「少年リック」限定版にはマイクロ波放射時の開いた大角と怒り状態の目を再現できるパーツが付属。小さなランナー2枚の特典だが、通常時のレギオンとは違う表情が楽しめるし、これを使えば塗装の趣も変わろうというものだ。また、通常版も限定版も、胸部のエッグチェンバーには透明パーツが奢られているので、これを生かした電飾もひとつの作り方として提案できる。

有機的な造形、甲殻類的なテクスチャ、固定ポーズ/接着式キットならではの強固な手触り、そしてボリュームと重量によって「なんだかすごいものが手に入ったな」と思わされるレギオン。全高約20cm、全長29cmというサイズなのでディスプレイする場所の確保は必須だが、エクスプラスならではの野心的な造形、分割設計が存分に楽しめる一品だ。

レギオンに対する「なんかこう、ガメラと戦ったエグい宇宙怪獣だよね」という解像度の低い日々は終わった。いまやレギオンは友達である。ヤツのかわいいところも、不気味なところも、案外素直な立ち姿も、プラモデルを組めば掌中に収まったも同然。プラモデルをひとたび組めば、映画を10回観るよりも写真を100枚眺めるよりもずっと距離が縮まる……と実感した1日だった。