
「1982年に発売されたベンツのプラモが27年ぶりの再販!さすがタミヤ、当時から素敵な製品を作っていたんだね。」と書いておしまいにしそうだった。危ない危ない。あまりにも当たり前にそこにある、現代でも通用する構成のカーモデル。でもこれは、日本のカーモデルの歴史を、タミヤの歴史を大きく変えた一作なのだ。このクルマが好きとか嫌いとか、そんなの関係なく手に入れて組んだほうがいい。それくらい重要なプラモだ。

タミヤの1/24 スポーツカーシリーズ No.29 メルセデス・ベンツ 500 SECは1982年11月に発売された。このところタミヤは’80年代のカーモデルをジャンジャン再販しているので、それらと同列に「懐かしプラモのひとつ」と捉えてしまいそうになる。しかし、タミヤのカーモデルの歴史の中で初めてのフルディスプレイモデルだ……となると話は変わってくる。フルディスプレイモデル。どういう意味か。モーターが入っていなくて、室内、エンジンルーム、シャーシが全部再現されている、「走らないカーモデル」なのだ。いやいや、動かないプラモデルなんて普通じゃないか……と思うアナタは続きを読むべし。

1982年がどんな時代だったのかは、「ガンプラブームがピークを迎えていた」というフレーズでだいたい想像がつく。過熱するガンプラ需要に応えるために『機動戦士ガンダム』の劇中に登場したモビルスーツはキット化され尽くし、この年になるとバンダイは「フィルム未登場メカ」として没デザインのモビルスーツたちを引っ張り出すに至っていた……というのは有名な話(今回の主題であるタミヤの500 SECが発売された11月にバンダイは1/144と1/100の2スケールでゾゴックを発売。ガンプラ/ガンダムの世界を強力に牽引することになるMSVの模型展開は翌年1983年にスタートする)。これほどまでに盛り上がったガンプラブームに続けとばかりにダグラムが、ザブングルが、マクロスが放映され、多くのプラモデルメーカーがキャラクターモデルで大儲けすることを夢見ていた。

翻って1982年に発売された世界のカーモデル事情をリスト化して眺めてみると、案外寂しいものだな……と感じる。カーモデルの本場とも言うべきアメリカでは自動車産業自体が深刻な不況に陥っていて、かつては自動車メーカーと仲良くやっていたプラモデルメーカーも華やかな新車の金型開発はほとんどできなくなっていた。欧州ではいくつかのメーカーが散発的にカーモデルを発売していたけど、もとより「クルマのプラモデル」自体がいまほど大きなマーケットではなかったことがうかがえる。

一方で、日本の模型市場はまったく異なる局面にあった。スーパーカーブームは沈静化して、アオシマやニチモやバンダイといったメーカーがカスタム志向を盛り込みながら市販車のプラモデルを売っていた。そして欧米のカーモデルと決定的に違う点は、そのすべてが電池とモーターによって走る模型だったことだ。国産カーモデルをひとつ残らず検分したわけではないし、電動模型前夜というのももちろんあるわけなので「すべてが」ではなく「そのほとんどが」と言うのが正しいかもしれないが、当時のリストをざっと見る限り国内カーモデル市場の覇権が電動モデルにあったことは間違いない。そしてもちろん(この500SECが発売されるまでは)、タミヤも同じように「走るカーモデル」を作り続けていた。

さて、タミヤが売る「走るカーモデル」は、いわゆるモーターを積んだプラモデルだけではなかった。1976年に発売された世界初の電動RCモデル(=自在に操縦できるバッテリー駆動のラジコンカー)、ポルシェRSR934レーシングは1年で10万台を売り、81年末の時点でシリーズは27アイテムに拡大していた。RSR934は1/12スケールのプラモデルに無線操縦可能なメカとバッテリーを積んで開発費の節約とリアリティを両立していたが、その後タミヤはすぐにRCカー専用のシャーシとボディを仕立てるようになる。その傍らで開発された「何処でもよく走り、小学生でも気軽に買える価格で、パーツ数は少なく、接着剤不要のスナップフィットを採用したプラスチックボディのカーモデル」……つまり、ミニ四駆が産声を上げたのは1982年の7月のことだった。

国内市場ではまだ間違いなく求められていたはずの「走る」「競う」というプレイバリューは電動RCやミニ四駆に委ね、そのうえでホンモノそっくりの外観や構造の再現にステータスを振ったカーモデルも作る。米国や欧州の市場も睨み、クオリティが高いことはもちろん、車種もドメスティックでヤンチャなものではなく、メルセデスの掲げる「最善か無か」のコンセプトで作られたクルマを選ぶ。その結果としてタミヤの500SECが発売されたのはミニ四駆誕生の4ヶ月後のこと。ロボットプラモを取り巻く熱狂とコンペティティブな電動RCカーの活況、そして先進的なコンセプトの「走るカーモデル」に託した新世代への期待。それらの傍らで下された、タミヤのスケールモデルに対する決然とした意思決定がこのキットには刻み込まれている。

2025年。タミヤはもちろん、アオシマもハセガワも、走行ではなく鑑賞を前提とした正確なプラモデルをつぎつぎに設計して世に送り出すことが当たり前の時代。その”当たり前”をとっくに実現していた「’60年代を中心とした黄金期のアメリカの自動車模型」にスポットライトが当てられるようになった近年の動きもまた注目すべき事柄ではあるが、タミヤの500SECは我が国における自動車模型のあり方を決定づけたマイルストーンとして非常に大きな意義を持っている。
しつこいようだが、この模型は単なる懐かし再販アイテムではない。世界の先達を意識し、同時にタミヤの将来を見据えた実験作であり、現在につながる基盤を築いた「時代の転換点」のひとつだ。設計や組み心地にややぎこちなさはあるが、それこそがこの模型の出自を雄弁に語ってくれると言ってもいい。その事実を知ったうえで組めば、この500SECはきっとあなたにとっても特別な模型になるはずだ。