
造形村の1/32スケール「ホルテンHo 229 B」を組みながら、ある思いが頭の中でずっと形にならずにいた。組んで、塗って、外装をつけて、すべてを閉じた完成形に持っていくことが、本当にこの模型にとってふさわしいゴールなんだろうか?

一般的に、プラモデルというのは「中身を作ったら外からは見えない」が前提で、だからこそ中身を見せるにはハッチを開けるとかカットモデルにするとか透明パーツを活用するといった手法が多用されてきた。けれどこのHo 229はそんな工夫を超えて(つまり一般的な「完成」のありかたをあえて規定せずに)、そもそも中身を見せることを前提に作られているという確信がある。

内部フレームと機器類、そしてそれを覆う外板がパーツとして整然と並んでいる状態はランナーの段階から情報量がとんでもない。華奢でどこが何を担っているのか一見よくわからないフレームを組み上げ、エンジン、コクピット、燃料タンク、それらをつなぐ配管、着陸脚といった臓物をその隙間に詰め込んでいく。

おそらくだが、実物のホルテンのなかにあるべきものはその9割以上がそっくりそのままパーツ化されていて、つまり内部構造はオマケではなくてこのキットを組み上げていく工程のほとんどを占める。飛行機模型において、中身をここまで仔細に表現した模型というのは……同社のSWSシリーズにおいても特異な存在なのではないか。

そして、このキットにおいて決定的なのが、透明の外装パーツである。中身と外装がピタリと合う模型というのは、巧みな設計はもちろん、金型がその通りに加工されていてプラスチックパーツに歪みがないことが前提条件となる。さらにユーザーが中身をキッチリと寸法に収まるように組み立てられているかどうかも重要だ。
不遜にも「こういう野心的な模型は絵に書いた餅になってしまうこともしばしばなんですよね……」と思いながらいくつかの外装をフレームにあてがってみると、ちょっと驚くレベルでピタリと合う。その瞬間自分のなかに「あ、これはいわゆる『完成』をさせなくてもいい模型なんだ!」という逆説的な確信が生まれた。

完成を目指さなくていい、というのは決して諦めではなく、このキットに対する最大限の肯定だ。きちんと閉じない構造をごまかして褒めたいのではない。閉じたときにも最高の仕上がりになることが約束されたキットにおいて、閉じる贅沢と閉じずに作る贅沢は等価である。完璧な中身と完璧な外皮があり、そのうえであえて選び取った形態こそがいかなる状態であれ「完成」であると断言できる、完璧な模型。

このキットが強烈に面白いのは、実機の「保存状態」とも強く呼応している点だ。Ho 229の実機はアメリカのスミソニアン博物館に存在するが、現在は胴体と主翼は分離された状態で保管されている。本来の全翼機らしい流麗な姿とはほど遠い、翼をもぎ取られた胴体部とその断面から除く内部構造の生々しさ。その不完全な美しさを表現したかったのだとしたら、内部構造をすべて再現するというのは決して過剰なサービスではなく、むしろ必須の努力だったのではないだろうか。

私のなかで、「すべてを外皮で覆い隠すことが決して完成ではないはずだ」という感情がここまで強く、ポジティブな意味を持って立ち上がってきたことはかつてなかった。決して閉じることを拒否するのではなく、堂々と開かれたままの状態を受け入れる模型。すべらかな外皮をまとって大空に羽ばたくことも、一糸まとわずその構造を静かに見せることも、このキットにとっては同じく正直な姿なのだ。模型と実機が、「完成とは何か」という問いを通じて繋がっているように見える、忘れがたい模型体験となった。