

この靴の革は馬の尻から作られるコードバンという革だ。その希少さや、グレージングと呼ばれる磨き上げの工程を経て放つ輝きから「革のダイヤモンド」とも言われる。とても仲良くさせてもらった靴屋で注文靴を作るときに勧められたので、流れに任せて依頼したのだった。仕入れは古く、少しサイズは小さいが質の良い革がたまたま店に残っていて、私の細い足なら使えるだろうと思っての提案だった。件の店は今年の春に閉業してしまったが、婦人靴を得意とするのもあって、紳士靴であってもそこはかとなく華奢な雰囲気が漂うのだった。
足の測定が終わって数週間後に店に行くと「いやいや、困りましたね……」と僕に店主が話しかけてきた。聞けば、材料の革が足りないとのことだった。どれどれと工房についていくと、たしかに僕の靴の型紙がコードバンの原皮にギリギリ収まらない。無駄なく敷き詰めらた靴の型紙がはみ出しているコードバンを見て当時は「小さいな」としか思わなかった。なぜかというと馬の大きさがよくわからなかったからだ。

ただ、今になってタミヤの「1/35 動物セット2」の馬を組み立ててみると馬の尻なんて本当に限られた部分なのだということがとよくわかる。いっしょに箱に入っている牛をその隣に置いてみると、コードバンが希少な革であることがすぐ理解できる。多くの革靴に使われる牛革は、丸革と呼ばれたり半裁と呼ばれる比較的大きな形で採られるが、それと比べると馬の尻はるかに小さいのだ。

それっぽく靴を塗装した兵士と馬と牛を並べると、「コードバンが足りない」という事態が発生するのもよくわかる。うっかり「ブーツがいいです」なんて言っていたらそもそも作れなかったかもしれない。
結局、私の靴を作るのには足りなかったコードバンは、倉庫の奥に眠っていたさらに古いコードバンと組み合わせて一足の靴になった。2枚の革は色が違うので、どこにどの色のものを使うのか考えるために目の前で型紙を乗せて印をつけるところを見せてもらった記憶がある。その過程を眺めながら「材料が部品になり、平面から立体になる姿がプラモデルっぽいな」と、プラモデルからだいぶ離れていた当時ですら思ったものだ。