箱を開けた瞬間にこれからどんな体験が待っているのかがスッと目に飛び込んでくる。パーツのデカいプラモにしかない栄養があるんです。どうですかこのティラノサウルスの半身。巨大じゃありませんか。魚で言うと頭と尾が落とされた状態ですが、これだけで全長20cmくらいあります。スケールは1/35。タミヤの戦車や恐竜と同じ縮尺です。今月発売予定ですが、テストショットをいただいたので味見しています。ぐふふ。
頭蓋の上半分はワンパーツ。鼻の穴や目、葉が一体になっています。上下に分かれる金型では不可能な造形ですが、これは左右方向にも動くスライド金型というのを使って再現されています。赤茶色のプラスチックは上から塗り重ねていくときにも「生き物感」が出る良い下地になってくれますし、そのまま飾っても恐竜の模型としてどんな背景にも馴染む良いカラーです。
脚は上下に幅のある太ももとパツンと張った脹脛が曲がった状態でパーツ化されています。「おすわり」のポーズのティラノサウルスの模型、珍しいよな〜。そしてこれだけ大きいと焼き鳥屋さんで見る手羽先と大差ありません。なるほど、鳥は恐竜から進化したんだな……ということをまさかのプラモデルのパーツで納得させられる不思議体験(アンビリバボー)。
ところで子供のティラノサウルス(体表は羽毛で覆われている)も2体付属します。てっきり5月の静岡ホビーショーにて配布された子ティラノは「後に発売される親ティラノセットの一部」だと思いこんでいたのですが、2体ともまるっと新規で作られていました。ということで、静岡ホビーショーで子ティラノをゲットした人はポーズ違いの3体を並べて遊べるんだな。なんという太っ腹!
ティラノサウルスは白亜紀の生物ですが、このプラモには現代人が付いてきます。この瞬間、SFになります。ティラノサウルスを研究し、飼育する人々……というめちゃくちゃな非日常が、なんとも日常的な衣服とポーズで表現されています。ティラノ単体もしくは人間単体ならなんということはないのですが、それが組み合わさると「ありえない景色」になるというプラモデルの面白さをうまく使った製品と言えましょう(昔から映画の世界では「古生物と人間が同居する景色」は夢として描かれ続けてきたわけですが、それらもまた模型を活用した映像表現であったし、現代のCGにつながる思想でござんすね)。
ぺたんこ座りや白衣、長靴といったバラエティ豊かな人間のパーツが整然と並ぶDランナー。1/35スケールはもっぱら兵士が戦場を駆け回る世界でしたが、海洋堂は動物や非戦闘員を同じスケールで展開しまくることによって模型の世界にも和平をもたらそうとしています。そのうち中華料理をつくるおじさんとかダンボールを運ぶお兄さんとか、交差点でハンカチをパタパタしているお姉さんなんかも作ってくれるかもしれません。作ってほしいよね!?
ショートカットメガネ、ぺたんこ座りノートPCアネキの上半身です。アニメでよく見る「美女だけど凄腕ハッカーの才能を持ち、人付き合いがあまりうまくないキャラ」というベタな意匠がそのまま立体化したようなすごいパーツです。恐竜と切り離して飾ればTwitter中毒の床インターネットお姉さんとしても活用できます。あったよね昔、路上インターネットブームが(ごく一部のクラスタで……)。
こちらはバケツで餌の残滓(ホネとか)を運ぶアニキ!体重たっぷり、右に傾いた体幹、汗をかいていそうな不快そうな顔。カッコよくてシュッとしていて躍動感のある人だけじゃなく、人間にはいろいろな姿態があり、これらが全てプラモデルになることこそ真の民主主義的な社会と言えるのではないでしょうか。私はそう思います。
さて、このプラモの個人的な大トロは牛肉(ティラノの餌)であります。この半身になった動物の肉を見ると、凄腕ジオラマビルダー金子辰也氏が作ったフィールドキッチンのジオラマ(『ホビージャパン』1978年3月号の表紙)を思い出すモデラーも多いでしょう……っていうかこれは海洋堂が狙ってやっている「金子辰也リスペクトパーツ」ないし「1/35世界のメモリアルアクション」に違いない!絶対そうだね。そうじゃないって言われてもオレはそういうことにしたいね。もうパテを捏ねて盛ったり削ったりしなくても我々は肉を手に入れられる!最高。
技術的な話をすると、成形時に金型からパーツがキレイに離れるのを助けるために金型のコア面(オス型の側/ガンプラで言えばダボがついているパーツの内側)に脊柱と肋骨が刻み込まれているのがミソなんですが、さらに言うと右下には先程の体重たっぷりアニキの腕がバケツを握った状態でパーツ化されています。死んだ肉と生きた肉が隣り合わせで同居し、同じくバラバラにされていながらも「ティラノサウルスの餌として分割された状態」と「我々が組み立てるために分割された状態」という異なる相を見せている。プラモデルってマジで面白いですね。そんじゃ組みましょうか。みなさんも組みましょう。またね。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。