ランナーに収まったパーツを眺めるだけで、思い思いの姿で寝袋に収まる様子や、バックパックを背負って歩く男性の佇まいが目に浮かんでくる、心躍るような感覚。デジタル造形を武器にフィギュアやプラキットを手掛けるM.I.C.のブランド「DIGISM」と、デザイナーの小林節正さんが手掛けるブランド「MOUNTAIN RESEARCH」のダブルネームで発売された全6種の組み立てキット、『Mountain Man(s)』だ。
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売り文句には「おなじみのマウンテンマン・フィギュアが1/35スケールでプラモ化!色を塗らないことを前提とするフィギュアたちは、歴代に登場したキャラクターによる全6種類による構成。ランナー(パーツ全体を囲んでいる太い枠)&ゲート(パーツとランナーをつないでいる細い軸)状態でも存分に語りかけてくるものがあります。もちろん組み立て可能。組み立て解説書が付属します。」とあり、組むことや塗ることよりも、ランナー状態で存在することの意義を説く内容だ。
動く戦車模型や艦船模型にはハナから興味を示さず、幼少期には英国製のものを中心にフィギュアで遊んでいた小林さんにとって、やはりタミヤ1/35ミリタリーミニチュアシリーズとの邂逅は衝撃的だったという。
「小学校4年生だから、1971年のことだったと思います。タミヤのドイツ兵を手にして、リアルなポケットのシワやヘルメットが分割されているズバ抜けた精密さに本当にびっくりしてしまったんですよね。その楔が自分に対してあまりに強く打ち込まれてしまって、いまだに趣味的なエッセンスとしては抜けないままです」
手元に置かれたタミヤの最新キット、「1/35 アメリカ歩兵偵察セット」の中身を眺めながら小林さんは続ける。
「買う側としては、ランナーに対してのパーツの配置のしかたや原型をどう分割するかというところにワクワクしたり、『スゲぇな!』と感じたりする。なにより『すべてがここに収まっている』っていう妄想がプラモデルなんだと思う」
そもそも「Mountain Man(s)」というモチーフの起こりは10年ほど前に遡る。
「90年代のはじめに『GENERAL RESEARCH』という名義で自分の洋服ブランドを立ち上げた頃、ゲルチョップという3D造形グループのリーダーであるモリカワリョウタくんに、最初の大掛かりなショーに使うすべての造形を手掛けてもらったんです。等身大のフィギュアを作ってもらって、それに洋服を着せて見せるというもので、以降彼とは当然のようにフィギュアの話をする間柄になっていった。パンクカルチャーなんかではおなじみのアイコンであるレボリューショナリスト(革命家)たちを取り上げて洋服にプリントしたり、造形的にいじるというのをその前から自分はやっていて……。革命家たる特定の人物を偶像化して持ち上げるという行為の滑稽さや、バカバカしいけど愛おしいほどのパワフルさに対する自分なりのツイストを加えた表現だったんですね。それからしばしの月日を経て、さきほどのモリカワくんと『革命家をもじった模型とかフィギュアみたいなものを作りたいよね』とシンクロして生まれたのが、最初の 『Mountain Man(s)』なんです。」
マルクス、毛沢東、レーニン、そしてアメリカのネイチャリストであるヘンリー・デイヴィッド・ソローの4人がキャンプ場に向かうべく歩いているセットで、縮尺はドイツのプライザー社製品などでもよく見られる1/22.5(鉄道模型では”Gゲージ”に由来するスケール)を選択した。このスケールではテントのようなアクセサリーも売られているため、これらと組み合わせて遊ぶこともできる。そもそもプラモデルを彩色して楽しむタイプではなかった小林さんは、当時レジン(無発泡ウレタン)の色、グレーをそのまま味わうスタイルでリリースしたのだという。
「ストーリーとしては、レボリューショナリストの3人に対してネイチャリストのソローが『難しい話はいいから、山に行こうよ』と誘っているというもの。『Mountain Man(s)』の2作目では同じメンバーがキャンプをしている情景を立体化しました。3作目ではみんながカヌーに乗っていて、革命家たちはソローの掛け声でカヌーを漕がされています。それでもマルクスだけはずっと本を読んでいて、漕いでいないんですけど(笑)」
これらの原型を手掛けたのが、ゲルチョップのモリカワさんと共同でアトリエを借りていた、さとう甲さん。シリーズを重ねるうちに「もうちょっと大きいサイズの造形もできるのではないか」という目算が立ち、アップスケール版の『Mountain Man(s)』4人の胸像が制作された。
「胸像をやったところでもう新しい展開はないだろうと思っていたら、今度は甲くんが胸像と同じスケールのソローを全身像にしたものを作ってくれて持ち込んできたんです。『いやぁ、デカいのっていいね!でも、コレどうやって製品化する?』みたいなやりとりを経て、メディコム・トイの渡邊孝史さんがあちらの社内でプレゼンを通してくれたおかげで、ようやく商品化できた一作です。メディコムさんに作ってもらった最初のが、グロ ー・イン・ザ・ダーク(蓄光素材)のソフトビニール製フィギュアです。 ソローは『Mountain Man(s)』の主人公であり最重要キャラクターでもあるので、その後いくつかのカラーバリエーションも展開されました」
原型師のさとう氏から人脈はさらに繋がり、バイクやファッションといった 「商売抜きの話題」で意気投合できるホビー業界の仲間が増えていったと語る小林さん。そしてある日出会ったのが、ベテラン原型師であり株式会社M.I.C.の代表取締役社長でもある鈴木剛さんだ。
「嬉しいことに鈴木さんから『Mountain Man(s)をプラモにしませんか』と声をかけてくれたんですが、最初はイメージが持てなかった……というのも、自分が金型を作るわけでもないし、自分のブランドの名前を貸してお金をいただくほど大きいビジネスになるとも思えない。じゃあどうすればいいだろう、という話をしているあいだに鈴木さんが製品化のスキームを整理してくれたんです。『商売としてやりたい』というスタート地点じゃなくて、『これ、プラモデルの体裁になったら面白いよね』って、いっしょに盛り上がったからこそ成立した企画です」
アパレルからプラモデルという離れた領域にアプローチしたのにはもうひとつの背景があるという。
「自分はもともと街で着る『GENERAL RESEARCH』というブランドを展開していて、2006年から 『MOUNTAIN RESEARCH』というラインを作って山の方に意識をシフトしていきました。これは『Mountain Man(s)』のストーリーといっしょで、『都会から山のほうへ出かけていく』というのが根幹にあるコンセプトなんです。彼ら4人はいわゆるアウトドアウェアをを着て出かけるんじゃなくて、いつも着ているもので山へ出かけていくというスタイルを提示している。自分たちは少し領域の違うところへボールを投げるのが好きなんですけど、その理由のひとつは『業界やシーンが違うことから来るギャップ感』みたいなものを楽しむ、というのがあると思っています」
とはいえ、1/35スケールが選択され、それぞれ一枚のランナーに美しくパーツが配置されているさまは多くのモデラーにとってもじゅうぶん魅力的なルックだ。しかし、通常のスチロール樹脂とは異なるポリウレタンという素材や、なんとも言えぬオーガニックな樹脂色からは「組んで塗ることはあくまで二義的でよい」というメッセージが発せられている。プラスチックキットとしての美しいありさまに自覚的でありながら、いわゆる「完成」を決まりきったゴールとしないプロダクトに仕立てる決断をしたのはいったい誰なのか。
「それはもう、ひとえにM.I.C.の鈴木社長によるものです。このプロジェクトについては、僕らがやってきたことを彼が解釈して、それを実際にどうパッケージするかの基準を彼に一任しました。結果として、彼は時間をかけて製品仕様を揉みながら、『作って楽しむよりも、このネタがランナーにビシッと配置された状態にこそ価値がある」という受け取りをしたんだと思っています」
そもそも『Mountain Man(s)』を前から知っている人たちなら、いわゆるプラモデルとして組み立て完成させるという体験よりも、こうした形態でリリースに至るまでのエピソードが欲しいはずだ、と語る小林さん。かつて小林少年を熱狂させたタミヤMMシリーズと同じ1/35というスケールも彼の指示ではなく、そこまでに交わされた何気ない会話からサラリと拾われ、鈴木さんが決めたのだそうだ。
「原型師として、あるいはホビーの人として知り合った鈴木さんは『社長』ではあるけれど、こういう取り組みをするときの受け取り方、アウトプットのセンスが素晴らしい。こちらからあえて仕様を伝えるとか、取捨選択を迫られるみたいなことはいっさいなかったですね。それでいてこういうプロダクトが出来上がってくる、というのはすごいセンスだと言えますし、結果、僕らが何も言わなかったのが本当によかったと思ってます」
1/35スケールでは人間の全高が5cm程度になってしまうが、こまかいディテールに対する姿勢はアパレルブランドならではのもの。靴やバックパックの造作にはそれぞれ来歴がきちんとある。そもそも『Mountain Man(s)』は’60年代後半の設定。当時はベトナム反戦運動が盛んで、街にいたくないアメリカの若者たちはこぞって山へトレッキングやキャンプに行き、いわゆるアウトドアブームが勃興した。
「彼らは特別なものを持っていくんじゃなくて、普段着で山に行く。違うことが好きな奴らが、いつも使っているものを使って、いつもと違う場所に行く。コットンやウールといった日々の生活で慣れ親しんだ天然素材の軽快さも相まって、それが”山側の人間”じゃない僕らの山との付き合い方というか、”山に向かうときの格好”なんだろうなと思うんです。『Mountain Man(s)』も、僕が当時のシューズやバックパックを集めて、それらをサンプリングして作った製品のストーリーを全部知っている甲くんが原型を作っている。これも彼なりの受け取り方ですよね」
何をモチーフにするか、どう作るか……ではなく、強固なストーリーがバラバラに分割されてランナーに配置された『Mountain Man(s)』の組み立てキット。組んでしまえばなるほど、単にアウトドアに興じる中年たちの彫像ではあるが、組み立てキットというのは「あえて組み立てられる前の状態のままユーザーに届けられる(=ランナーにパーツが配置され、出荷された状態がひとつの完成形である)」というコンセプトを内包している。
「組んだプラモのランナーだけが残った状態を見ると、ちょっと寂しい感じがするんだよね。組み立てる前の状態が楽しいし、カッコいいし、ワクワクする。とにもかくにも、このランナーへのパーツレイアウトというのが、プラモデルにおけるひとつの大いなる仕事だと思う。今回のキットについて言えば、僕は『鈴木作品』を拝ませてもらう立場なんです。もしランナーに対してのパーツ配置が格好悪ければ買わない……というか、買ってからの驚きがない。だから、このキットそのものがコミュニケーションなんだよね。これまで『Mountain Man(s)』の製作に関わってくれた人たちがその都度うまく咀嚼してくれるからなんだけど、彼らが面白がっていること、かっこいいと思っていることを毎回表現してきた、っていう感じになるのかな。」
なにも知らずにランナーや組み立て後の姿を見れば、「Mountain Man(s)」は妙なプラモに感じるかもしれない。しかし、思想家や革命家がモチーフになっていること、アウトドアに興じる姿を立体化していることには大いなるストーリーがある。同時に、プラモデルという遊びのいち形態をキッチュさやチープさのアピールとして使うのではなく、「プラモデルが好きだから、プラモデルの状態を共有したい」という小林さんとその仲間たちの意志がそこには彫り込まれている。知ることで、プラスチックキットであることの誇らしさや面白さが改めて感じられる。『Mountain Man(s)』のパッケージやランナーを実際に手に取ってその佇まいを直に感じ、それを起点に新たなコミュニケーションを取るのは、ほかでもないあなたなのだ。