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プラモデルが好きだから、書道のことが好きになる/『王羲之と蘭亭序』

 「プラモデルと書道は同じだ!」という感動を改めて得たので、その話をします。いきなりですけど。

 プラモデルはなにかを模して設計されたものを手に取り、それを組み立てたり色を塗ったりして復元する遊びだと言えます。書道もまたしかり。めちゃめちゃ字のうまい人の字を真似するということはつまり、めちゃめちゃ字の上手い人の身体の動かし方を自分で復元することに通じます。しかし1000年以上前の中国の人の動きが動画で残っているわけではありません。まして、オリジナルの書すら残っていないとしたら……?というのが、ただいま上野の東京国立博物館と鶯谷の台東区立書道博物館の連携企画として開催されている『王羲之と蘭亭序』という展示におけるスペクタクルです。

 いまから1670年前の3月3日(そう、奇しくも今日だったのです)、中国の政治家、王羲之が風光明媚な山の中にある蘭亭というあずまやでパーティーを開きました。小川に盃を流し、酒を飲みながら42人の客が詩歌を披露したといいます。27篇の詩を詩集にまとめるのに際し、王羲之は酒が入った状態で28行324字の序文の下書きをしました(けっこういい話なので、気になる人は現代語訳を読むといいです)。シラフになって推敲しても清書しても、最初にガーッと書いた原稿があまりにも気に入ってしまった王羲之は、下書きをそのまま採用します。これが書道史上もっとも重要とされている『蘭亭序』と呼ばれる文書です。

▲パーティーの様子。晴れた日に川の両脇に座って酒を飲みながら詩を読むの、良すぎる。

 すでに「字がめちゃくちゃ上手い人」として王羲之は名声を得ていたので、なんてことないメモや手紙もコレクターズアイテムになっていた当時、この『蘭亭序』はあらゆる人が欲しがり、字のお手本として模写しまくり、現在我々が書いている漢字の書き方のルーツになりました。

 たとえば下の写真は欧陽詢(初唐の字が激ウマアニキ)の模写とされている『定武蘭亭序』。これがどこまで王羲之のものと同じなのかはわかりませんが、わからないからおもしろい。ガンダムで例えたら、これは模型で伝えられたRX-78のひとつのカタチ。当時のアニメに出てきたガンダムがオリジナルの蘭亭序だとしたら、欧陽詢の臨書(=模写)はもしかしたらマスターグレード、あるいは”カトキ版”みたいなもんなのかもしれません。

▲『定武蘭亭序』、欧陽詢が書いた文字の拓本とされているけど、それもホントかどうかわからんらしい。

 さらに文字が白黒反転していることからも分かるとおり、これはオリジナルの書の模写から型を起こして作られたコピー(もしかしたらそのコピーのコピーかもしれない!)。そんな紙でもオリジナルに迫る価値があると信じられたから、両脇にはこの紙を「イイね!」した歴代の中国皇帝のハンコが押されています。権威付けと言ってしまえばそれまでかもしれないけど、コピーのコピーのコピーかもしれないものにも価値がありまくるの、すごすぎません?

 じゃあオリジナルの蘭亭序はどこに行ったんだ……って話なんですが、王羲之の大ファンであった唐の太宗があらゆる手を尽くして王羲之の直筆文書をすべてかき集め、649年に死没するときに一緒にお墓に入ってしまったのです。この瞬間に王羲之のオリジナルの文字は失われ、世の中にはその模写と、それを大量に複製するための型(木や石に彫られたもの)だけになったんだとか。厄介オタクすぎる!

▲翁方綱の『縮臨蘭亭序』は蘭亭序のミニチュア。超うまい字が石に彫られているけど横幅4cmくらいしかない

 現在でも評価されている書の大家がこぞって蘭亭序の写本を作り、それをベースにした拓本(=コピー)用の版が作られましたが、真跡(=原本)が失われてしまった以上、いちばんオリジナルに似ているのがどれなのかはわかりません(このコピーはここに味わいがある……とか言って同じ文書のいろんなコピーが博物館に並んでるのマジですごすぎるでしょ)。

 さらに書の文化が花開くと、蘭亭序をまるまるコピーするだけではなく、小さくしてみたり、大きくしてみたり、まったく違う書風で書いてみたり、さらには王羲之の字のパーツを勝手に組み合わせて新しい書を作ったりと、数え切れぬほどの作例が誕生することになります。ということは、展示されているものは全て王羲之の傑作をベースにした『蘭亭序』の模型なんですよね。書とはつまり、まるでプラモデルがいろいろなスケールや表現手法でひとつのモチーフを模し、愛してきたのにも通じる営みであるということを、展示から読み取れるのです。

▲懐仁の『集王聖教序』。王羲之の字、偏や作りといったパーツを勝手に組み合わせて作った石碑、いわば「カスタマイズ書」だ

 プラモデルとはまったく関係がないようで、じつは書道の偉大なマスターピースが失われ、そのどれもがホンモノに迫ろうとして真似され、オリジナリティを付加され、いろんな素材の型となって残り、いまも愛され復元され続けている……というのはとても模型的です。モチーフ、金型、そしてそれを復元するモデラー。この関係がわかるプラモデル好きにこそ、ぜひとも見に行ってほしいのが『王羲之と蘭亭序』というわけです。会期はいましばらく続きますから、みなさんも、ぜひ。

創立150年記念特集「王羲之と蘭亭序」 – 東京国立博物館

からぱたのプロフィール

からぱた/nippper.com 編集長

模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。

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