「だってオレが欲しいんだもん」というのは、商品企画において最も強力な動機だ。どんなものも「市場にニーズはあるか」「競合する製品はないか」「過去の実績はどうだったか」なんて上司にツメられ、マーケティングと称した形式ばかりのリサーチを書面に落とし込み、ハンコをもらってようようGOサインが出る。もしそれが正しければ、世の中の製品なんて全部大ヒット間違いなしだ。
そういうのを全部ぶっ飛ばして、「オレが欲しいから、作る」という独りよがりは時としてとんでもないパワーを持つ。本当に企画者本人しか要らなかった……という場合もあれば、その情熱に共鳴したオーディエンスが大歓声を持って受け入れ、そのブランドの価値を極限まで高めることもある。
チェコにジリ・シルハネークという男がいて、彼は模型メーカー「スペシャルホビー」のボスだ。世界中の飛行機をプラモデルにして送り出し、40人ほどのスタッフに給料を出している。決して大きな会社ではないが、好き放題やっていたらあっという間に露頭に迷うだろう。責任重大だ。
普段なら「市場にニーズはあるか」「競合する製品はないか」「過去の実績はどうだったか」とやっている彼も、ゴリゴリの飛行機マニア。だから、儲けを使って「だってオレが欲しいんだもん」という強権をたまに発動するのだという。それがこの「ブガッティ 100P」だ。いまから92年も前に自動車メーカーがレースで勝つためだけに作った世にも美しい飛行機で、その傑出した性能が敵国ドイツの手に落ちてしまうことを恐れて納屋に隠され、結局ただの一度も空を飛ぶことはなかった。
21世紀に入るとこの稀代のレーサーは設計図をもとにしたレプリカが作られ、空を飛んだ。3度目の飛行はパイロットの命を奪い、機体も失われた。ふたたびこの飛行機は、人々の記憶に残る夢のように美しいレーサーに戻ったのだった。プラモデルでその姿を再度カタチにし、眺め回すことがいかに純粋な行為で、送り手と受け手の間に静かな興奮を生むかが想像できるだろう。
正直言って、このプラモは万人に勧められる内容ではない。パーツは見た目ほど高い精度を備えていないし、プラスチックではない素材を組み込んだり、トリッキーな分割と繊細すぎる組み付けが要所に顔を出す。乱暴に言えば、「ベテランモデラー向けのスキルフルなプラモデル」だ。
もっとも、これは百戦錬磨のモデラーであるシルハネークが自らのために(そして心を同じくする同士のために)作ったプラモデルであるから、彼もヒイヒイ言いながらパーツを貼り合わせ、丹念にヤスリをかけて表面をスリークに仕上げていくのだろう。発売されたばかりだから、オレがこうして組みながらニヤニヤしているのと同じように、彼もチェコの地でニヤニヤしながら組み立てているかもしれない。
組み上がったブガッティ 100Pは、恐ろしく小さく、頼りない。しかし、そこには機体の美しさとともに遠くチェコの地で暮らす生粋の飛行機オタクの情念がパンパンに詰まっている。ひとつのパーツを切り出し、デザインナイフでカタチを整え、そっと組み合わせては「イマイチ合わないな……」なんて言っている間も、オレはずっといい気分だった。パーツの向こうに、この飛行機が大好きな男がいて、「だってオレが欲しいんだもん」と言っているから。そして間違いなく、オレもこの飛行機が欲しかったからだ。
プラモを作るという行為は、そんな送り手とガッチリ握手を交わし続けるようなものなのだと思う。あなたの好きで好きでたまらないモノがもしプラモデルになったら、少しだけの勇気とともに手を差し出し、手のひらに伝わってくる温度を味わってほしい。そうすれば、まったくもって損得を抜きにした、顔も見たことがない人との熱く深い友情が芽生えるはずだ。
模型誌の編集者やメーカーの企画マンを本業としてきた1982年生まれ。 巨大な写真のブログ『超音速備忘録』https://wivern.exblog.jp の中の人。